京都文化ジン類学 大淵幸治

ノエル

ガイジンといえども例外は許されない

京の歴史的背景やそのことばの用い方を分析し、京都ジン独特の言語生理をあぶりだす論考で、2000年に上梓して京都本ブームの先駆けとなった『丁寧なほどおそろしい「京ことば」の人間関係学』につぐ姉妹編ともいうべき書。発刊から11年を経、2017年に電子版で改版するにあたり、その間の追補論考を加えて発刊された京都ジン・ファン必読の都市文化論である。


  ◇◇◇


本評は、つい先日アップした書評、芥川龍之介作『報恩記』に登場した京の町のイメージに触発されて取り上げるものである。


だが、例によって皆さんのように上手に書けない(おそらくまとめるという能力がないのであろう――)ので、どうしても引用が多くなってしまうが、どうかご容赦されたい。


著者は「はじめに」で、つぎのようにいう。

 京に憧れるひとは多い。京都が好きだという女性や男性には、何度も出会った。

 いわく「修学旅行できたときには、そうは思わなかったが、大人になってからきてみると、その奥の深さがわかっていっぺんに好きになってしまった。以来、毎年きているが、それでも京を知り尽くせないし、くればくるほど味が出てくる」らしいのだ。

 これじゃ、まるでスルメ烏賊のようなもの。噛めばかむほど味が出る。

 たしかに「一木一草に歴史が宿る」といわれる京――。ボディはもとよりエンペラーの部分であろうが、ゲソの部分であろうが、それぞれに堅さ・甘さ・歯触りの妙や裂け方の違い、喉ごしのしたたかさなどが複雑に相侯って、年に一度や二度くらいの訪問ではとうてい間に合わない。

 毎年同じ季節にきてもそうなのだから、四季ごとに訪れれば、その感触は四倍する。いや、一季節に百以上のテイストや味わい方が存在するのだとすれば、四百倍から数千倍にも相当しよう。

そして、そのわけをつぎのようにフォローする。

かくいう筆者も京にあること半世紀もの間、つかず離れずおとなしく、無事に住まわせてもらっているが、京の探さに限界や飽きというものを感じたことはない。


で、本書に込めた意義をつぎのように書くのである。

本書は、筆者が日ごろ疑問に思い、面白く感じていたことだけを限定的、かつ面白おかしく管見の許す限りにおいて追求した「京の謎」回答本である。したがって、京のあらゆる側面を百科事典的に吸収しようとしておられる方には不向きな本でもある。



では、その一例としてどのようなものがあるのだろうか。これもまた、そっくりそのまま、少しだけ割愛して引用させてもらうことにする。

京都ジンは自分が歴史の中心であり、その中心にいて歴史を切り盛りして来たと思っている。

 だから、別の見方の歴史を認めない。あくまでも正史どおりの世界で、京は平安王朝の世界に終止符を打つのである。そこには、本来、自分などいなかったはずなのに、そこに偶然住まいしているというだけで、歴史の主人公になる――というより、なりたがる。(中略)したがって、他人、もちろん外国人に対してもその傾向は変わらない。

 京のあるところに引っ越して三~四ヶ月ほど経ったある日、あるガイジン、じつは筆者の友人のカナダ人だったのだが、アパートのオーナーにこういわれた。


 おうちが引っ越して来はってから、もうそろそろ四ヶ月になりますけど、前にお願いしといた町費、どないなってますにゃろ。


 友人の記憶では、そんな話を聞いた覚えはあったのだが、いついつに払えとはいわれなかった。憶い返してみれば、当の本人が「いつでもよろしいで」といってくれていたような記憶も、うっすらと脳裏のどこかに引っ掛かっている。

 そのことばを真に受けていた友人は、当然、自分の都合のつくときに払えばいいだろうくらいに思っていたらしい。そして数ヶ月も放っておいての、突然の催促なのであった。

 で、驚いてそのわけを訊くと、


 そんなもん、戦前からそうなってまんにゃがな。四ヶ月も京都に住んではって、そんなことも知らはらへんかったんですかいな。ガイジンさんやからいうて、アマエタ(甘えん坊)は許しまへんで。基本的には、毎月やのうて、一遍に払ろてもらうことになってまんにゃさかいな。


 京都ジンならではの範晦性――というか、歴史を切り盛りする傾向が色濃くにじみでた逸話だが、まさにガイジンといえども例外は許されない。

 たとえ、地蔵盆に興味がなくても、町内でご厄介になるこどもがいなくても、そして敬度なキリスト教信者であっても、京の歴史は頑として変えられないのである。


ことほどさように京都ジンというのは度し難い存在のようだ。京よりは、京都ジンの特性を知りたい向きには格好のテキストともなろう。


出典 https://www.honzuki.jp/book/294934/review/256329/

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