第48話

 ショッピングモールでランニングシューズを買ったあと、和樹は友樹と前園と別れ、帰路についていた。


「ん〜、やっぱ決まらないな……」


 途中にあるコンビニやスーパーにも立ち寄り、ホワイトデーのお菓子などを見てみるが、これといった物はなく、悩みに悩みながらもマンションについた。


(ん?靴がもう一つ……雫が来てるのか)


 またリアラに料理を教わっているのだろうと完全に油断していた和樹は、体育で使った体操服を洗濯機に入れようと、脱衣場の扉を開けた。


「あ……」


「な……なな……」


 そこにはちょうど風呂上がりで下着を履いたばかりの雫の姿があった。ただでさえ魅力的な体をしているのに、風呂上がりという湯によって火照った体が、更に妖艶さを引き立たせる。

 裸は前に一度バスタオルで隠されたところを見たことがあるが、下着姿の雫もまた違った魅力がある。


(ここまで来ると俺の考えは冷静……てか一緒に住んでるリアラとはあんまりこんな事起きないのに、なんで雫がいる時に限ってこんな事に?)


 既に下着姿を見てしまった和樹は、どうせ謝らなければならないので、それならその目に焼き付けたほうがいいと、


「ごめん……それと、ありがとう」


「……み、見るなぁ!」


 雫はここでも優しく、硬いものではなくバスタオルを投げつけてきた。それでも雫が投げたバスタオルは普通の人とは速さのレベルが違う。


「ガハッ!?」


 鳩尾にクリーンヒットしたバスタオル。バスタオルとは思えない威力で投げられたバスタオルはとてつもない痛さだった。


「凄い音がしましたが……何があったんですか?」


 ひと足遅く脱衣場の前に来たリアラは、悶絶している和樹を見て、


「大丈夫ですか?雫は何故か部屋のお湯が出ないらしくて、こちらでお風呂に入らせましたよ」


「もうちょっと早く言ってくれ……」


 これもおそらく神の仕業だろうと思った和樹は、心の中で神に文句を言いまくった。


(よくわかったね)


(うっせ!こんな事になるのはあんたの仕業がほとんどだ!)


(ははっ!またね)


 結局何がしたかったのか分からずにが神の声は聞こえなくなった。


 リビングに戻ってすぐに、服を着た雫が少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら戻って来た。


「ごめんな雫、まさか入ってるとは思ってなくて……わざとでは無い」


「いや、風呂を借りたのは私だ。それよりも大丈夫だったか?思わずバスタオルを投げてしまったが」


「ああ、大丈夫。硬いものなら多分死んでたけど」


 バスタオルだからかなり痛い程度で済んだ訳だが、硬いものならおそらく骨折ぐらいは少なくとも避けられないのでは度思わせるほどの威力はあった。


「……わざとでは無いにしては凝視してた気がするが」


「いや見ちゃうだろ……男だし」


 あのエロい体を目の前にして見ない男はおそらくいない。見た事は申し訳ないが、見てしまった以上は見ることは避けられないのだ。


「あんなエロい体、見ないほうが損だ!」


「開き直るな!」


 雫は下着姿を見られたことを思い出し、再び顔を赤く染める。

 しかしそれはキッチンで料理をしているリアラの冷たい視線により、二人共顔が真っ青になる。


「……今日はここで食べるの?」


「……ああ、ガスも何故か止まっててな。最近多くて悪い」


「いや神のせいだから……静かに待っとこう」


「……そうだな」


 恐怖で縮み上がった二人は、声を小さくして料理が出来上がるのを待った。


 しばらく大人しくして待っていると、料理が完成した。どうやら今日はクリームシチューのようだ。


「……どうされました?」


 さっきまでの冷たい雰囲気はなく、普通に戻っていたリアラは、和樹がスマホを見ているのが気になり声をかける。


「ああ、二人に何買おうかと思って調べてる」


 普段は食事中にスマホを見ることは無いが、ホワイトデーは明日なのでそんな事は言っていられず、二人にお返しをするための物を調べていた。


「二人共本当に何でもいいのか?好きな言ってくれていいんだぞ?」


「……私が作る方が美味しいかもしれませんし」


「おい、それは言うな」


 店の人に失礼だと思うが、実際リアラが作る料理はどれも店顔負けのレベル。それはお菓子だろうと例外は無い。それはバレンタインデーの時に食べたチョコレートケーキがすべてを物語っていた。


「……和樹」


「ん?なんか思いついたか?」


「……お菓子じゃないんだが、寿司が食べてみたい。あっちでは無かったんだ」


「……なるほど」


 和樹はゲームの世界の食べ物事情は知らないが、雫が言っているのでおそらく寿司はゲームの中には存在していないのだろう。

 寿司を知ったのはおそらくCMだろう。確かにあれは食べてみたくなるビジュアルをしている。


「……私も食べてみたいですね」


 どうやら寿司を食べる事にはリアラも乗り気なようで、二人は和樹に期待の視線を送る。


「じゃあ明日は寿司食べに行こう。回らないやつは財布が寒くなるから回転寿司だけど。それから1個ずつケーキを買う、それでいいか?」


「はい」


「ああ、ありがとう」


 これなら財布から諭吉が消える事は無い。むしろお返しとしてはかなりオーバーな気がするが、二人には喜んでもらいたい、ただそれだけの気持ちなのだ。


「じゃあ明日学校が終わったらまずケーキ屋に行こう。そのあとに寿司だ」


 二人は勢いよく頷いた。どうやら楽しみにしてくれている事が分かり、和樹はホッとした。



 ――――――――――――――



 次の日の放課後、和樹はリアラと雫を連れて、駅から徒歩3分のところにあるケーキ屋さんに来ていた。ホワイトデーと言う事もあり、かなりの客が来ている。

 茜には、今日ケーキ屋でプレミアムプリンを買って後日渡すと言う事で話はつけている。


「凄いな和樹!ケーキが一杯だぞ!」


「種類が豊富ですね……どれも興味深いです」


 雫はケーキ屋に来るのも初めてなようで、色々なケーキがある事に興奮していた。

 リアラはどうやら美味しそうと言うよりも、作る方面でケーキを見ているようだ。


「今日はホワイトデーと言う事で全品3割引きになってますよ」


 店員がそう教えてくれて、和樹はケーキを凝視する。


(これなら2個でも大丈夫だな……てか3割引きは凄い)


 3割引きと言う事で、2個選んでいいと伝えると、リアラと雫は喜んでいた。

 二人はしばらく悩んだ故、雫は苺ショートケーキとモンブラン。リアラはチョコレートケーキとチーズケーキを選んだ。リアラは、「私のケーキと勝負です」と言ってケーキを選んでいた。

 このケーキ屋にはカフェスペースもあり、そこで買ったケーキを食べる事もできる為、ケーキはそこで食べる事にした。


「和樹は食べないのか?」


「うん、俺はいいよ」


 あくまでケーキは二人のお返しの為。それに和樹は二人がケーキを食べているのを見ているだけで十分だった。


「くっ……負けた……」


(くっころみたいに言うなよ……)


 どうやらリアラは自分が作ったチョコレートケーキよりも店のチョコレートケーキの方が美味しかったようで、落胆していた。


「雫、クリームついてるぞ」


 雫の口元にショートケーキのクリームがついていたので、和樹は備え付けのティッシュでクリームを拭う。


「あ、ありがとう……」


 雫は恥ずかしかったのか頬を赤く染めていた。恥ずかしがる姿は、他のカップル客の男も魅了する。


「……つきすぎだな」


「気のせいです」


 和樹はふとリアラの方を見た。すると口元に2、3箇所程チョコクリームがついていた。


「―――ほら」


「ありがとうございます」


 和樹は雫と同様にティッシュでクリームを拭う。

 

 ケーキを食べ終わりコーヒーを飲んで休憩した後、プレミアムプリンを買った和樹は少し早いが、すぐ隣にある回転寿司屋に向かった。

 和樹は、ケーキを食べた後でも大丈夫なのか二人に聞いたが、どちらも大丈夫と言ったので、特に時間も空けることなく店に来た。

 席はまだ空いていたようで、待たされる事なく席につくことができた。


「和樹、これはもう取っていいのか?」


「ああ、好きなやつを取っていいぞ。食べたい物があればこのタッチパネルで注文できる」


「わかった」


 雫は早速流れてきたマグロを取り、醤油を少しだけ垂らして口に運ぶ。


「んぐ……美味いな、中々のクオリティだ」

 

 雫は美味しそうに口をもぐもぐと動かしている。


「和樹様、どうぞ」


 リアラは流れてきたサーモンを取って和樹の前に置いた。


「ああ、ありがとう」


「他に食べたい物があったら言ってくださいね」


 和樹にサーモンを渡した後、リアラはマグロを取って醤油を垂らさずにそのまま口に運ぶ。先に寿司そのものの味を楽しむと言う事だろう。


「んっ……美味しいですね。これが一皿100円なら破格ですね」


 その後はちゃんと醤油を垂らして再び口に運ぶ。これもまた美味しそうに食べていた。

 その後和樹達は合計で30皿程、当然和樹は二人よりも多めに食べた。流石にケーキを食べた後の二人よりは食べれてしまう。


 まさかホワイトデーでお返しをする日が来るとは思っていなかった和樹だが、これも和樹の人生で一番のホワイトデーになっただろう。


  

 

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