第31話
雫が編入してきた日の昼休み。リアラが来た時と同じように雫の周りには生徒が殺到していた。何なら他のクラスの生徒まで来ていた。
「またこうなるのか」
「正直席の前でうるさいんだけど」
「黙らせましょうか?」
「何か物理的に黙らせそうだから駄目」
雫が編入してきた事はすぐに学校中に広まっていたようで、白崎先生の話を聞いていなかった男も結構な数が来ていた。
(このままだと駄目だな……)
雫の後ろ姿は、沢山質問されている事への困惑と男がいる事による萎縮で少し体が震えているのが見てわかる。
「おい和樹?」
「和樹様?」
和樹は雫の顔がしっかりと見える場所に移動した。と言っても人混みの外側から雫の顔が見えるところに行っただけだが、人混みの間から見える雫の顔は怯えてしまっていることがすぐに分かった。
(こいつら分かってないのか?)
以前の和樹ならば、雫と同じく萎縮して発言する気にもならなかっただろう。ところがどうして、和樹は何にも感じていない。怯えもないし、むしろかなり冷静になっている。
(ある意味優花に鍛えられたかな……)
これも優花がひたすら言う事を聞かせたのを耐えていたお陰で、メンタルも成長しているのだろう。
「なあ、そのへんにしたら?」
生徒達は一斉に声の主の方に顔を向けた。
(そんな見るの!?)
「高野さん困ってるの分からないの?」
これも色々とバレるとまずいので、苗字で呼んでいる。
周りからは、「急に何だ?」「宮本いきなりどうした?」「うわぁ、正義感出してきた」と何とも思ってないような声が聞こえる。
「宮本、お前何なの?」
そう言って中心から出てきたのは、同じクラスの村山良太郎。顔はイケメンなのだが、その名前に入っている文字とは真逆で性格が悪い。自分良ければ全て良しの暴君である。
リアラの時も当然の如く口説こうとしていたが、友樹が周りの生徒達ごと静止させた為に手は出さなかった。
それで今回は雫を口説こうとしている。
「だからやめてやれって言ってるだろ」
弱く言ったところで聞く耳を持たないのは優花で実践済み。こういう相手には強く行っておかなければ聞かない。
「は? いきなり出てきて言う事それか。陰キャは引っ込んでろ。喋んな」
陰キャ。何とも都合の良い言葉だ。陰キャは黙れ。陰キャがうっとおしい。陰キャが近づくな。陰キャは喋るな。昔から何回も和樹はその言葉を聞いた。
雫に話しかけていたのも下心丸見え。そんな優劣をつけて自分を良く見せようとしか生きていけないこいつに、和樹はイライラを隠せない。
「別に陰キャだからって今の発言が間違ってるとは思わないけど?」
「あ?」
「どう見ても嫌がってただろ。白崎先生の話を聞いてた筈の男子もこんなことして、恥ずかしくないの?」
そう言うと周りは、「なんだよ陰キャは黙れ!」「陰キャがキモいんだよ」と話とは別の事で罵られる。
「陰キャとかどうでもいいだろ。もう一度言うが、陰キャだからって間違ってる事は言ってないと思うが?」
「は?お前うざいんだよ」
「だから、うざいとかどうでもいいんだって。嫌がってるからやめろって言ってんだよ。お前話聞いてたくせにそんな事も守れないの? お前本当に高校生か?」
何故だろう、今まで鬱憤が溜まっていたのか、一度言い出すと止まらない。
「お前……舐めた口聞いてんじゃねえぞ」
「別に舐めてないけど。お前の方が人の事舐めてんだろ。リアラさんや高野さんに声掛けてる時も、下心丸見えなんだよ
村山は図星をつかれたのか少し動揺し始める。
「な、なんだよお前、勝手なこと言ってんじゃねえぞ」
「動揺隠せてないぞ、図星か。そうやって人の事舐めてるから、名前とは真逆の悪い性格なんだろうな」
挑発気味に言ったてしまっている事に少し後悔するが、これぐらい言わないと聞かないだろう。
そう思っていると、
「お前っ!」
村山は右腕を振りかぶり、拳を和樹の顔面に突き出した。
だがそれを和樹は簡単に受け止めた。
「なっ!?」
「次は暴力か……強く見せようとしてるけど、恥ずかしいだけだぞ」
「もうやめとけ」
村山は再び和樹を殴ろうとしていたので、それを友樹が止めに入った。
「暴力は駄目だろ。和樹の言ってる事は間違ってないし、村山お前惨めなだけだぞ」
友樹がそう言ったタイミングで、誰かが教室に入ってきた。
「一体何の騒ぎだ?」
誰が呼んだのかは分からないが、白崎先生が教室内を見て近づいてくる。
白崎先生には友樹が事情を説明した。
「そうか……なら宮本はいい。村山、お前は職員室にこい」
「……はい」
村山は言われるがままに白崎先生に連れて行かれた。
(……ああ!怖かった! いきなり殴ろうとしたからとっさに受け止めたけどまじで焦ったぁ……)
こうして自分の意見を強く言えたのは和樹にとって初めての経験だった。口は回るものの、怖いものは怖かった。
周りの生徒達は友樹に注意されて渋々といったところで自分の席に戻っていった。
「和樹様、お怪我はありませんか?」
席に戻った和樹に、心配そうな顔でリアラが声を掛ける。
「ああ……大丈夫だ、心配ないよ」
「いきなり立ち上がったから何するのかとヒヤヒヤしたわ」
「あいつら言わないとわかってなかっただろ?」
「それはそうだが、和樹からあんな事するとは思わなくてな」
前の和樹からは考えられないと、友樹も思っていたのだろう。和樹が席を立った時もかなり驚いた表情をしていた。
「和樹……」
「雫、大丈夫だったか?」
「うん……ありがとう」
まだ少し怖かった余韻が残っているのか声は小さめだった。
「俺が言いたかっただけだし……気にするな」
優花にもこうして強く言い返す事ができていたらあんな性格にはなっていなかっただろうと、心の中で後悔していた和樹だった。
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