蔵の鍵
酒井が本殿の扉を開けると、中にはポツンと一つだけ鍵が置かれていた。
昔の蔵に使われた鉄のシンプルな鍵と言おうか、先端に丸い取手があり、反対側には小さく横に突き出ている。
ちょうど酒井の掌サイズで、ずっしりと重かった。金色だが、全く剥げていない。艶やかな金色が輝きを放つ。
酒井はそれを本殿の外に出す。その鍵は子どもの頃の記憶を蘇らせた。
田舎の親戚の家に遊びに行ったとき、その家の裏庭に昔からある蔵があった。昭和の初め頃まで、代々伝わる刀や宝物を保管していたが、今ではそれも売り払い全く使用していなかった。
子どもの酒井は蔵の中を見たいと大人にせがみ、蔵の鍵を出してもらった。その鍵がちょうどこのような形だった。「かなり久しぶりに開けるわ」と親戚のおばさんは言っていた。
いざ開けると、どこから入ったのか3匹の野良猫が暮らしていた。
きっと僕たちが開けてくれるのを待っていたんだよ!子どもの酒井はそう信じた。
野良猫たちは迷惑そうに外に出て行った。暗闇の中で震えていた猫たちを助けた。そんな誇らしさで溢れていた。
その古い蔵は、それからほどなくして取り壊された。建物としての強度も不十分だし、全く使っていないので取り壊して新しいガレージを作るということだった。
酒井はとても残念がった。あのカビ臭さも湿気も3匹の野良猫達も跡形もなくなった。あるのは真新しい何の匂いもしない鉄骨の建物だった。
「蔵の鍵を奉納しに行こう」落ち込んでいる酒井に話しかけてきたのは親戚のお爺ちゃんだった。
「この地域では壊した建物の鍵を神社に奉納する慣わしがあるんだ。建物にも命がある。その命を氏神様に返す意味を込めて、鍵を奉納するんだ」
そう言って近くの小高い丘の上に立つ神社に2人で行った。よく晴れ渡っていたから、町全体が一望できた。風と共に木々が揺れ、白い雲が流れていくのを見ていると、何だか自分が神になった気がしてくる。
「ここに入れるんだ」他に誰もいない神社の賽銭箱に、蔵の鍵を一万円札と共に入れる。柏手を打って2人で手を合わせた。
「これで、これからも氏神様がこの地域を守ってくれる」そう言って親戚のおじいさんはにっこりと笑った。
そんな昔の記憶を頼りに、酒井は手元にある鍵を稲荷神社の賽銭箱に入れた。不思議なことに鍵が箱の底に当たるカチャっという音はしなかった。ずーっと下まで落ちて行ったようだった。
酒井は柏手を打って手を合わせる。
「どうか遥香が無事でありますように」
そうしっかりと祈りを込めた。
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