第37話 年明け早々……
元日の朝は、政木の家に水都がやって来た。
反省していないかと思ったら、大津も一緒だった。どうやら彼女を巻き込んできたらしい。
大津と長良は初対面で、長良が先に家にいたことからちょっとしたトラブルも起きたが(同棲彼女だと思った)、結局4人で初詣に行くことになった。
近くの神社で軽くお参りを済ませて、それで終わり……という流れだったのだが。
「政木さん」
長良も家に帰り、水都も帰ろうとしたところで大津から話があった。
「実は……いま事務所の方で政木さんの3Dに向けて色々と準備をしていまして」
「ほんとですか⁉」
「はい」
3Dというのは、3Dモデルのことだ。
通常の配信では政木は顔しか映っていない。もちろん顔の動く範囲も限られているし、上半身の手の動きや下半身の動作というのは全く映し出すことができない。
それに対して3Dとは政木の体全身をモデル化した技術である。
この3Dでは政木の全身の動きが細かくカメラでトラッキングされ、配信画面に載せることができる。
今まで顔の動作だけを捉えていたものが、いきなり全身を動かすことができるようになるのだ。しかも体がどちらに向いているか、カメラとの距離はどれくらいか、目線はどこかなどが分かるため、ファンとしては『推しがそこにいる‼‼』状態を味わう一番のチャンスである。
ただその分3Dには技術面での難しさがあるため、今のところは『Studio Virtual』や『ぶいのへや』、『わんだふるらんど』と言った大手の事務所でしか実現していなかったものでもある。
「それが、とうとうウチにも、ですか……」
政木は喜びに打ち震えていた。
3Dになるというのは、政木のひとつの目標でもあったからだ。
政木がVtuberになったきっかけのひとつに、3Dでライブをしている人を見て「自分もああなりたい」と思ったことが挙げられる。だからこそ3Dは政木にとっても特別なものだった。
「ただ出来るようになるにはまだ3か月以上はかかると思うので、そこは気長にお待ちしていただければと思うんですが」
「はい、分かってます! 3Dになれるって思っただけでも本当に嬉しいです……!」
全身で喜びを表す政木。それを見て、『リスナーはこういうのが見たいんだろうな』と思う大津。
実は裏の事情にはなるのだが、この政木の3D化にはリスナーの声が日に日に大きくなっていたからという理由が大きい。連日のように『政木の3Dを』『政木の3Dが見てえんだ……!』『100日後に政木が3Dになるってマジ?』というメッセージが運営あてに届くため、『トリミングV』としても急いで準備を進めているというわけがあったりする。
「それで、政木さんに1つ提案があって」
「提案ですか?」
「ええ。政木さんにはダンスレッスンに通ってもらえたらと思うんです」
「ダンスレッスン……ライブに向けてってことですか?」
「はい」
そして大津の本題は、ここにあった。
一般に3Dの一番の見どころは、ライバーが生で歌って踊るライブである。
今まで『歌ってみた動画』など声しか載せることができなかったものが、歌って踊れるように変わるというのがリスナーにとって分かりやすい変化になるからだ。
Vtuber側としても3D化によるライブを1つの目標にしている人間もいるほど。
「歌の方もしっかり練習していただけるとありがたいんですが、ダンスはおそらくやったことがないと大変だと思いますので」
「なるほど」
「幸い、大手の事務所に行った友人から、Vtuberに理解のあるトレーナーの方を教えてもらいました。紹介をするのでよろしくお願いします」
「なるほど、ありがとうございます!」
こうしてダンスレッスンの予定が取り付けられた。
そして年明け早々、1月の6日には政木はダンスレッスンをするために紹介されたところへ赴いていた。
「ダンスか……自信ないなぁ……」
中学高校と運動部だったので体を動かすことはできると思うが、ダンスは体力だけではどうにもならない。
それを改善するためにダンスレッスンに通うわけだが、政木としては不安がぬぐえなかった。
「優しい人だといいけどね……」
場所は通りから少し細道に入ったビルの3階。
重たい脚を上げて、政木は階段を上っていた。
「ここかな?」
音楽が聞こえてくるので、どうやらここが目的の場所らしい。
政木は意を決して中に入り、それからスリッパに履き替えて音楽の聞こえてくる方へと歩いていった。
「うおっ、すごい……」
そこではちょうど女性が1人踊っているところだった。
身長は高い方ではないが、スラッとした体型だから高く見える。動きもキレがあって、一本に縛った髪が小気味よく踊っていた。
そしてその前でぱんぱんと手を叩いている女性が、どうやらトレーナーの人らしい。
「あのぅ、すみません……15時から予約をしていた政木ですが……」
休憩に入ったところで、トレーナーの方へ恐る恐る向かう。
しかし反応があったのは、別のところだった。
「マサキ…………政木………………え゛っ」
先ほど踊っていた女性から、反応があったのだった。
しかもその声は、政木にとっても聞きなじみのあるもの。
「もしかして――――――――――林檎さん?」
「一応聞くんですけど、政木さん……政木有馬さんですか?」
政木の前に踊っていたのは、林檎みかんだった。
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