第33話 忘年会

 クリスマスから3日後。政木が所属する事務所『トリミングV』の忘年会が行なわれていた。


「えー本日はお日柄も良く……」

「話長いよー社長」


 社員は所属するライバーを含めて100人強。だが実際に集まったのは50人ほど。

 ライバーは大体来ないし、社員も半分くらいは乗り気ではなく、家でのんびりしているようだった。

 ……余談だが、マネージャーは基本的にライバーの起きている間は眠ることができない。さらには夜中にミーティングがあることも……。


 ただ政木や彼のマネージャーの大津は律儀りちぎにやってきていた。2人は向かい合わせに座って、意気揚々と話をしている社長の言葉に耳を傾けていた。


「今年はわが社にとっても飛躍の年でした。チャンネル登録者数の平均は、昨年の5倍! 収益3倍! いやぁ、儲けた儲けた」

「社長、本音出てるよー」

「それもこれも、うちのトップライバーとなった政木君を始めとしたライバー達、そしてそれを支えたマネージャーのみんな、そして裏方でごたごたを片付けてくれたスタッフ。みんなのおかげだ」

「話長いよー」

「かんぱーい!」

「あ、ちょっと」


 30代男性社長の話は無視され、誰かの合図をきっかけに忘年会が始まった。


 場所は居酒屋の和室。座敷に座って思い思いにお酒をみ交わしている。


「大津さん、今年もお疲れさまでした」

「いえこちらこそ」


 政木と大津も隅の方で静かに労をねぎらっていた。大津の手にはジョッキが見える。


「とはいっても政木さんは明日も……それどころか今日も配信をするんでしょうけど……」


 大津の視線が向かった先は、政木が手に持っているグラス。ノンアルコールのウーロン茶だった。


「あはは……これはお酒が苦手なだけですよ」

「…………それならいいんですけどね」


 大津は諦めの顔でジョッキに口を付ける。


「――ところで大津さん」

「はい」

「忘年会に、女子高生らしき姿の子がいるんですが……」


 政木の隣には、何故かセーラー服を着ている女性の姿があった。彼女もまた姿勢よく正座をして、料理を手元の皿に分けている。


「というか……どこかで見たような…………?」


 政木が彼女の方をちらりと見るが、女子高生は政木の視線を気にした様子もなく取り皿にサラダを分けていた。


 それからお茶を飲んで、ふわりと黒髪を左耳にかける。

 やはりどこかで見たような仕草だった。


 しかし思い出す前に大津から説明があった。


「ああ、この人は高校を卒業したらVtuberとしてデビューしてもらう、水都みずとあかりさんです」


 大津の説明にようやく女子高生は政木の方に顔を合わせ、そして言った。


「久しぶりだね有馬。ボクの名前は水都灯。灯って呼んでね」


 いきなりの、しかも年下からため口での自己紹介だった。所作に似つかわしくないその言動に、政木は困惑する。


 だが不思議と、嫌みな感じはしない。むしろそれが当然であるような感じさえしてしまうほど、なぜだか彼女の立ち振る舞いには高貴さがあった。

 声も見た目の想像よりも少し低かったが、よく耳朶じだに響く声だ。


「あ、僕は政木有馬で……」


 そして政木が自己紹介を返そうとしたところで――。


 ぽかっ。


「こら! 何回言ったら分かるの。ちゃんと先輩には敬語を使いなさい。下の名前で呼んでもいいけど、『有馬さん』か『政木さん』みたいにちゃんと『さん』を付ける!」

「い、いったーっ……」


 大津からゲンコツが一発降り注いだ。


「お、大津さん⁉」


 もちろん動揺したのは政木だ。大津がいきなり女子高生に対して暴力をふるうとは思いもしなかったからだ。少なくとも大津が暴力をふるうシーンなど見たことがない。

 だがわたわたとして周りに助けを求める政木に、しかし政木以外の人間は気にした様子もなくお酒を呷っていた。どうやら政木だけが慌てているらしい。


 そしてその慌てる政木に説明をしたのは、大津本人だった。


「この子、礼儀とかがちょっと下手みたいで……なんでも実家がお嬢様でお金持ちらしいんです。ですから水都さんのお母さんと挨拶したときに、『社会のルールを教えてあげてほしい』って言われたんです。お父様が甘やかしてしまうらしいので、その分厳しくお願いしますとのことでした」

「な、なるほど……?」


 まあ本気で殴ったわけではないのだろう。水都もゲンコツを食らったところを涙目で押さえているが、よく見るとちらりちらりと政木に視線を送っている。

 どうやら痛くはないらしい。


「なので政木さんもしっかりダメな時はダメって怒ってあげてくださいね。……まあこれは無理かもしれませんが」

「有馬、一緒にご飯食べよう。ボクの分もよそってきて」


 ぽかっ。


「だーかーら、ちゃんと敬語を使いなさい!」

「痛いよぅ……九里くり、すぐ殴る…………」

「”さん”を付けなさいって言ってるでしょうが! あ、こら、ダメ。政木さんに泣きついても許しませんから」

「うぇーん、有馬さん~助けてぇ」

「い、いや、あんまりくっつかれると」


 いきなり体に抱きついてきた水都に政木は顔を赤らめるが、相手は女子高生。煩悩が湧き出てくるというよりも、困ったなあという感じだった。


 それよりも新しく入ってきたライバーが大津さんと仲良くやれているようで、安心する政木だった。


「まったく……政木さんだけでも大変なのに……」


 最後に漏らした大津の独り言については、政木は聞かなかったふりをした。

 口が裂けても、このあと配信しますと言える状態ではなかった。

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