第57話 RUST

 俺は一区切りついたあたりで、酔い覚ましの散歩に出かけていた。


 ワイワイと談笑する声が遠くで聞こえるのは、どこか自分がそこから切り離されたような疎外感と、同時にこの空気を自分が守っているという自負心が刺激される。


 冷えた空気に息を吐きだして、白くなるか確かめてみると、まだそこまで冷えていないらしい。


「やあ、ニールさん」


 ふと気が付くとルスト会長が近くまで来ていた。


「会長、食事はどうだった? まあ、いつも食ってるものに比べたらたかが知れているが……」

「いえいえ、これほどの人たちに囲まれて食事するのは久しぶりで、楽しませてもらいましたよ」


 気遣いだろうが、彼がそう答えてくれたので、俺は悪い気はしなかった。彼はこんなところまで何をしに来たのだろうか? それが気になって聞くと、彼は「あなたに会う為ですよ」と本当かどうかわからないような答えを返してきた。


「俺なんかに会いに来ても、話すことは無いだろう」

「いえいえ、そうでもないんですよ、たとえば、DSFの話とかですね」


 DSF……その言葉が出た瞬間、空気が一気に凍り付いたように感じる。大陸全土で商売をするドラン商会の会長であれば、確かにその存在は耳に入っていてしかるべきだった。


「それは――」

「たとえば、ですね、私がなぜこの村に来たか、分かりますか」


 俺の言葉を遮るように、彼は言葉を続ける。


「ギルド支部を新設するにあたっての視察、そんな理由で私は動きません。目的は別の所にあります」


 そこまで言われて、俺は先日彼が言ったことを思い出す。


――「……その左目、いくらで売ります?」

「まさかお前は……」

「ドラン商会の創業者にして会長ですよ、表向きはね」


 彼はゆったりとした動作で胸元のボタンを外し、素肌をあらわにする。


 そこには黒ずんだ模様が浮かび上がっていて、彼が罪源職であるということを雄弁に語っていた。


「裏の顔はDSF第七烙印――ラストだ」


 そう言われて、俺はすぐに武器を構える。罪源職がこんな大っぴらに活動している訳が無いと油断していた。DSFはただの犯罪組織ではない。それがこんな形で分かるとは。


「ふっ、そんな武器を構えても意味はないぜ、オレは罪源職である前に不死種だ。殺すには日光――いや、オレにはこれも効かなかったな……少し冷静になれよ、バラしても問題ないから今話してるんだぜ?」

「っ……」


 先程までの礼儀正しい振る舞いは消え、軽薄な笑みの張り付いた顔でルストは話す。俺が構えた小太刀も、全く恐れていなさそうだった。


「そして、何でバラしたかも考えろよ。お前は絶対にオレに勝てない。そしてオレはお前に勝てる。色欲者のスキルは分かってるだろ?」


 色欲者は、いくつかの制限があるが、異性を自由に従わせることができる。それは他の罪源職が持つ「意志の弱い人間を従えることができる」能力を更に強化したものだった。


 つまり、ルストはこの村の半数を人質にとっていることになる。


「遺物が目的か?」

「まあまあ、そう急くなって、ゲームしようぜ」


 ルストの口からは、敵対者であるような雰囲気は感じられない。だが、俺はそれでも油断なく相手を睨みつける。


「ゲームだと?」

「そうそう、具体的にはオレとお前の賭け試合をね」

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