第52話 新たな触媒

 翌日、工房へ俺が足を運ぶと、新しい触媒が出来上がっていた。


「随分小さくなったな」


 作業台の上、新たに宝玉のような飾りが、柄頭に二つぶら下がった小太刀と、それに加えて黒い腕輪が置かれていた。


「回路を組むのに苦労しましたが、その腕輪を左に嵌めて、右手で小太刀を持つことで触媒が完成します。絶縁材は腕輪で、呪象の牙を加工して作りました」


 左手に嵌めてみると、かなりの軽さで、ほとんど付けていないような感触だった。


「で、小太刀についているのが、魔力核か」

「はい、硝子材に呪象の牙を粉末化したものを混ぜ、なんとか氷竜の大腿骨と八咫烏の風切羽を内部に封じ込めました」


 小太刀を持ち上げて、宝玉――魔力核をしみじみと確かめると、赤と白の輝きが、内部に収められていた。


 赤はもちろん火属性――八咫烏のものだ。そして白は氷竜の素材。二つの素材は属性的に相反し、火属性は氷属性を弱め、氷属性は火属性を弱めてしまう。お互いに影響が出ないように、しかし力を引き出せるように加工するのは容易ではなかっただろう。


「よく出来たな、職人技って奴か」

「ええ、かなり無理矢理やっちゃいましたが、神銀製の小太刀のおかげで何とかなりました。強度も減衰せず、問題なく使えるはずです」


 そう言いながら、工房長は鋼材を取り出して作業台の上に立てる。


「たとえば、これとかも切れるはずです」


 なんのつもりかと訝しんでいると、彼はそんな事を言いだした。


「いや、いやいや、強度的には大丈夫でも、技術的に金属の切断は無理だ」


 パッシブスキルのレベルが8以上あれば別だが、残念ながら俺は短剣マスタリーLv5だ。とてもじゃないができそうにない。


「研磨(シャープネス)を使えばできるでしょう? 試してくださいよ」

「そりゃ支援魔法を使えばできるけど、これは貴重な短剣なんだ。使い捨てにはできない」


 短剣の切れ味を見たそうな工房長に、俺は首を振る。確かにダマスカス加工は施されているものの、一か八かみたいなものを試し切りでやりたくはない。


「うーん、強度計算的には研磨状態で金剛亀(アダマンタス)の甲羅を切り裂いても刃こぼれしない程度には丈夫なんですが……」

「金剛亀なんてそうそう会うもんじゃないだろ……出会ってもやらないが」


 ちなみに金剛亀とは巨大な陸亀に似た魔物で、その甲羅は高級な防具素材となる。ひたすら丈夫で、動きは緩慢ながら、確実に破壊を行う厄介な魔物だった。


「残念ですね……あ、もしやる気になったら見せてください。純粋に気になるので」


 微塵も諦めていない表情で、工房長はそう言った。


「はは……期待しないで待っててくれ」


 その表情を見て、俺は苦笑いをするしかなかった。

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