第38話 ベヒモス4

 火花と血飛沫が舞う。


 ジンの拳と噛みつきのコンビネーションを、俺は切り払いと新しい左手で凌ぎ、俺の外套で視界を塞いで袈裟斬りを繰り出す。


 肉を裂く手ごたえはあるものの、外套の下から現れた姿には裂傷が無く、血糊だけがべったりとくっついていた。


 俺はそれに怯むことなく、左手を相手に向ける。


「ちっ、バケモンが……よっ!」


 左手が瞬間的に燐光を纏い、神速の雷がジンを襲う。この電撃はスタン効果は高いものの、威力はそこまでではない。


 ワキイカヅチの名前の通り、電撃を纏うこの左腕は、俺の意志に呼応して動き、絶対的な硬度を誇っている。噛みつきを凌げているのは、こいつのおかげだ。


 怯んだ隙に両腕を切り落とし、蹴り上げる。繋げるよりも、生やす方が時間がかかるしエネルギーも使うはずだ。俺は左手でジンの身体を掴み、腕がぐにゃりと伸びて地面に引き倒し、頭を地面に打ち付ける。骨の砕ける感触と共に、地面に落ちたトマトのように鮮血が飛び散る。


 遺物だけあって、この左腕はかなり使い勝手がいい。


 筋力がそもそも常人の数倍あり、伸縮自在な癖して超硬度、おまけに電撃までついている。


 ジンが身体を再生させながら距離を取る。俺はそれを追うことなく片手剣を構えなおす。


「っ、なんだよ『左腕』をいきなり使いこなしやがって……」

「あ? こんなもんテキトーに使ってりゃわかんだろ」


 ジンの話に乗る。どうせ時間稼ぎをしてるんだろうが「丁度俺も時間が欲しかった」んだ。


「さっさとそのマスクを置いて逃げれば見逃してやらねえ事もないぜ?」

「見逃す気もないのによく言う……」


 ジンの腕が完全に再生される。そろそろ動くか?


「まあ、俺もお前を見逃す気はない、丁度腹も減ったしな」


 ジンがそう宣言すると同時に、マスクが一瞬沸き立つように震え、俺に迫ってくる。しかし、それよりも早く、背後で鋭い声が聞こえる。


「加速っ!!!」


 体感時間が再度急速に引き延ばされ、顎の速度が緩やかになっていく。おせえよニール、だが、助かった。


 一歩、横に跳躍し、顎を躱す。

 二歩、ジンの側まで距離を詰め、マスクを剥ぎ取る。

 三歩、足を踏みしめ、渾身の力でジンを蹴り飛ばす。


「ぐあああっ!!!」


 膨張していた顎は急速に形を萎びさせて、小さなマスクへと形を変える。


「受け取れ」


 そう言ってサーシャへマスクを投げる。ニールにマスクを付けているのを視界の隅で確認しつつ、俺はジンの方へ歩いていく。


「クソッ……あの雑魚の事を忘れていた」

「へっ、マスクありがとうよ、命は助けて欲しいか? だったら――」


 言いかけて、俺は言葉を失う。目の前にいるのは罪源職のジンだ。だが、それ以上に俺には見覚えがあった。


 そいつの顔は、ニールによく似ていた。

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