第4話 準備中の一幕

 旅の準備自体はすぐに終わる。今回は特にサーシャもいるので、道中で野草や獣肉による補給ができるため、糧食の心配をしなくていいのが大きかった。


 庭先で口笛を吹きつつ、ナイフを砥石で丁寧に磨いていく。勿論メンテナンス道具も持ち物に入っているが、出発前の落ち着ける時間になるべく万端な状態にしておきたかった。


「上機嫌ね」

「そうか? 長旅の準備はいつもこんな感じだぞ」


 すっかり秋めいた風を受けて、イリスの黒髪がなびく。彼女は俺がまた旅に出ると聞いてから、先日俺の周りでウロウロしていた。


「ふーん、サーシャさんと一緒なのがうれしいわけじゃないんだ」

「いや、何でサーシャの名前が出る」


 まあ嬉しい嬉しくないで言えば、旅が楽になるという意味で嬉しくはあるが、彼女が訝しむような理由は全く無い。


「言っておくが、元パーティメンバーが女ばっかりだからって、そういう感情は全然無いからな。むしろ俺たちは――」


 カインを中心に集まっていた。そう言おうとして言葉に詰まる。


 何と説明したらいいか……ダメだ、言葉が見つからん。


「……? 何よ、急に黙って」

「あー……その、なんだ、説明しづらいが、とにかくそういうのじゃない。というかなんでお前がそんなに気にするんだ」


 別にアンジェもモニカも、俺もサーシャもカインが好きだから集まったわけでもないが、嫌いなわけでもなかった。


 そりゃあ俺が抜ける直前は調子に乗ってるダメな奴だったが、それ以前には俺はあいつに救われていたし、他のメンバーも同じようなものだった。


「べ、べつにいいじゃない。なんとなくよ、なんとなく」


 突然しどろもどろになったイリスに首をかしげつつ、俺はナイフの研磨作業に戻った。


 このナイフは冒険を初めて何本目だろうか? 少なくとも十本は超えていると思うが……魔法の触媒と違って、ナイフはあまり素材にこだわっても、性能の差を感じにくいのもあって、俺はあまりこだわっていない。精々頑丈で壊れにくいものを選ぶくらいか。


「……あの、さ」

「どうした?」


 一本研ぎ終わり、予備のナイフを磨こうとしたところで、イリスが再び口を開いた。


「ニールの好きな人って、誰なの?」

「ぶっ!?」


 あまりにも突拍子無く始まる恋バナに、思わず指を切りそうになる。


「っ……な、何だよいきなり!」

「だ、だって気になるじゃない! この村に着いたらあんたの周りにいっぱい女の子が居るんだもの!」


 いや、まあ確かに傍から見ればそうなのかもしれないが、アンジェとモニカは保護者としての視点しかないし、エレンとユナは家族だし、サーシャに対してそういう感情はもう消えてしまった。


 恋だとかそういうのは、なんというか、もうちょっと命のやり取りとは遠いところで育むべきというか、そっちに没頭しても問題ないような状況でやるべきであって、こういう冒険稼業では、引退後に考えるべきかなと思っている。


「ライバルはアンジェさんだけだと思ってたのに……」

「ライバル? なんの?」

「~~!! 耳がいいのに察しが悪いの何とかしなさいよ!」


 そう叫んでイリスは去っていった。


「……一体何なんだ?」


 それを見て、俺は思わずつぶやいていた。

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