閑話:エルフの役割

 燃え盛る瓦礫が見える。


 配管から噴き出した燃料が、機材の発した火花によって引火し、燃えているのだ。

 その炎の勢いはすさまじく、降りしきる滝のような豪雨にすら勢いを弱めることはできなかった。


『僕たちはつまり、ヒトを導き、この星で繫栄させるのが目的というわけだ』


 金髪の青年が口を開く。その瞳は小さな燐光を湛えており、泥や煤で汚れた身体も、絹のように透き通っていた。


「……よく、わかりません」


 なんせ私は今生まれたばかりだ。


 今の状況は分かっているけれど、具体的に何をすればいいかもわからない。


『方舟は難破してしまったからね。とにかく、今はヒトという遺伝子を長らえさせて、最終的には神と共に母なる土地へと帰るのが目的さ。そこには人が真に人として生きるためのすべてがある。どんな犠牲を払おうとも、それだけは達成させなければならないんだ』


 金髪の青年はそう言うと、瓦礫の先、私たちと同じ姿をした人々を見た。


『イシュタルによって再現はしたものの、このままではヒト本来の姿から離れて行ってしまう。それに僕たちも無限の時間があるわけじゃない』


 その横顔は穏やかだったが、強い決意が見て取れた。私も自分の寿命は知っている。


「一番長い個体で三〇〇〇年。君は二〇〇〇年と少しくらいか、とにかく、それまでに方舟か、せめて神を蘇らせなければ僕たちエルフは――」



――



「んん……ふぁ……」


 どうもうたた寝をしてしまったみたいで、身体のあちこちが痛む。深夜の哨戒が終わって、そのまま木の上で寝落ちしてしまったみたいだった。


 眠い目を擦って空を見上げると、黄色や赤褐色に色付いた木の葉が見えた。どうやらもう少しするとこの村に来てから一年が経つらしい。


「ふふっ」


 ニールたちと旅を始めてから、時間の流れ方が少し変わったような気がする。

 出会う前は、気づけば季節が一周していたり、十年くらいはすぐに過ぎるものだった。


 だけど、彼らと会ってからは、しっかりと四季の移り変わりを感じられる。これがいい物なのか、悪いものなのかは分からないけれど、私は嬉しく思っていた。


「あ、居た居た……サーシャ! 少し話せるかー?」


 遠くから聞きなれた声が聞こえる。私は衣服を直してから地面に飛び降りた。


「おはようニール。狩りの誘いかしら?」

「残念だけど今日はそれじゃない。冒険者ギルド本部に行くから一緒に来て欲しいんだ」


 彼は真面目な顔をしてそんな事を言ってくる。


 ギルド本部という事は、何かの申請だろう。エルフが居ることで交渉事を有利に進めたい。みたいなところかなと思う。それはそうなんだけど、私としては「それだけ」なのはちょっと悔しかった。


「あら、デート?」

「からかうなよ、この村にギルド支部を作りたいんだ」

「分かってるわよ、出発はいつ?」

「三日後。それと――」


 彼の言葉を聞きつつ、私は「昔はもうちょっと初々しい反応くれたんだけどなあ」とちょっとだけ思った。

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