第29話 歪み

 オース皇国はどちらかというと水資源の乏しい国だ。


 エルキ共和国の東に位置するこの内陸国には、雨がそれほど降らず、湧水もそれほど多くはない。


 南と西はエルキ共和国の領地で海に出られず。北方は蛮族、東には少数民族の自治区と魔物が支配する領域が広がっている。


 そんな中でどうやって彼らは生活しているのかというと、中央部にある巨大な湖を中心とした文化圏を築いているのだ。


 オース皇国は国土全体がすり鉢状の窪地になっており、数少ない水源から流れる川はほとんどが内陸へ向かって伸びている。その先にある巨大な湖に流れ込んだのち、南方へと大河が伸びる。そんな地形をしていた。


 だからこそ、中心部へ向けて伸びる川の水源には、関所を作り、厳重に管理を行うことになっている。一つの水源で毒を流されたとすれば、それは中心部の湖全てを汚染することとなり、大変な損害が出るからだ。


「ええ、聖女様御一行であれば、何の問題もありませんよ」

「おお! 有難い、聖女様もお喜びになるでしょう!」


 ……そのはずなんだけどなあ。


 二つ返事で滞在を許可する村長と、喜びの声を上げる聖職者を見ながら、俺はため息をつく。


「聖女様ならば、我々も歓待せねばならないでしょう。すぐに宴の用意をさせます」

「いや、少しお待ちください。聖女様は宴がお嫌いなようで、なるべくつつましやかに……」

「それこそこの村の名折れというものです。聖女様には私から申し伝えましょう」


 隊列に居る聖職者や護衛とはちがった意味で、俺はこの村が歪んでいるように見えた。


――聖職者は聖人君子のような人である。

――オース皇国と懇意の教会は、間違ったことをするはずが無い。

――彼らの言う事は絶対で、彼らは自分たちに不利益をもたらすことは絶対にない。


 ざっとこんなものだろうか。とにかく聖女とか権威のあるものは絶対で、疑う事を知らないように思えた。


「ニル兄、ちょっとこの村、怖いっす」


 そばに居たアンジェが服の裾を引っ張ったので、俺は軽く頭を撫でてやった。


「なんていうか、アタシとお母さんをこき使ってた人達と同じ匂いがするっす」

「……そうか」


 同じ匂い。ということは、教会の息がかかった犯罪すれすれの集団と同じ雰囲気を持っている。ということだ。少なくとも、警戒しておく必要がありそうだった。


「無事に休みを取れるといいが、不用意に一人になるなよ」


 俺は罪源職が襲撃してきた日の夜を思い出して、アンジェに忠告した。


「へへっ、心配してくれてるっすか?」

「ああ」

「へっ!?」


 アンジェは変な声を出して固まった。


「どうした?」

「え、っと……なんでもないっす! なんでもないんでっ! 顔見ないで欲しいっす!」


 両手の間から見える顔は真っ赤だったが、知恵熱がぶり返したのだろうか。ちょっと心配になりつつも、まあ本人がなんでもないって言うなら、放っておいたほうが良いだろう。

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