閑話:聖女として
何とか媚を売って取り繕おうとする聖職者や騎士たちを振り切って、馬車の扉を閉める。
「ふぅっ」
息を吐いて馬車の席に腰掛けると、色々な感情が溢れてきた。
非常識な護衛たち、そして自分を守る事にしか興味がない聖職者たち、一応経歴としては先輩だし、何とか怒ることは我慢したけど、今思うと一言だけでも声を上げたほうが良かったかもしれない。
「……」
それよりも困っているのは、昨夜のニールとの会話だ。
――人は、その人にしかできないことを優先するべきだ。
それはつまり、わたしがこの隊列にいる人々に、他人を尊重し、人々を救う聖職者本来の領分を、思い出させなければならないという事だった。
ここにいるのは何人だろうか? 十人や二十人では利かないはずだ。権威に惹かれた人が集まっているとはいえ、全員の考えを改めさせるなんて、出来るのだろうか。
不安と途方もない目標に押しつぶされそうになるが、それでも希望はある。
ニール、そしてアンジェの二人が居れば、きっと少しずつでも考え方を変える人が居るはずだ。
現にわたしも、この聖女という捨てたくて仕方ない役職を、捨てずに真っ当しようとおもえたのだから。
アンジェにも、彼と同じ魅力があるように思えた。あるいはその魅力は、ニールから漏れ出てアンジェに伝播したものかもしれないけど。
少なくとも昨日、隊列から離れてアンジェと夜を共にした人は居たのだ。教皇庁だって一枚岩ではない。汚い部分はあったって、それと同じように志がある人々の、綺麗な部分もあるはずなんだ。
少しずつ、本当に些細なことからでも、みんなに考え方を変えてもらわないと――
「聖女様」
わたしがそう決意したと同時くらいに、馬車の扉が叩かれた。
「はい」
「ええと、食料品の減りが早く、補給のためにルートを変更して村に寄りたいのですが……」
扉を開けることなく、女性の声が聞こえる。
「……」
食料品の補給? 昨晩酒まで飲んでいたというのに?
そもそも、村の人がどれだけ頑張って食べ物を作っているのか知らないのだろうか。
「絶対にダメです」
そんなもの、答えは決まっている。自分たちの節制が至らない事を、無関係の村人に押し付けるなんて、あり得ないことだ。
「えっ、し、しかし――」
「昨夜は兵士長を含め、宴会をしていたそうではありませんか」
それ以上の言葉は必要なかった。
扉の向こうにいた女性は、息を飲んでそのまま離れて行ったからだ。
「……はぁ、これから大変ね、聖女として」
わたしの独り言は、誰にも聞かれる事は無かった。
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