第26話 斥候中

「ふぅ……」

「落ち着いたっすか?」

「ああ、ムカついてはいるがな」


 あの後すぐに出発の準備を済ませて、イリスは爆発しそうな怒りを抑えて馬車に戻り、俺は頭を冷やすためにアンジェと斥候を行っていた。


「何にしても、追い出された当事者が笑顔で帰ってきたら怒るもんも怒れないだろ」

「えへへ、ちょっとそういう期待もあったっすけど、事実アタシは楽しく一晩過ごせたんで大丈夫っすよ」


 まあ、心底軽蔑したようなイリスの視線を浴びて、あいつらも少しは懲りるだろう。もし懲りなければ、この先本当に痛い目を見るだけだ。


「ニル兄、向こうの方に小鬼の群れが居るっすけど」

「距離も遠いしこっちの魔物除けで十分やり過ごせる。下手に刺激するな」

「了解っす」


 昨日の襲撃を踏まえて、索敵範囲は広めにとってある。中々骨の折れる作業だが、俺にとってはむしろ他の事に集中できてちょうどよかった。


「……ん?」


 ふと隊列の方へ眼を向けると、一人の神父が馬に乗って駆けてきていた。あの金髪と痩躯はハヴェル神父だろうか。


「お疲れ様です。ニールさんにアンジェさん」

「ああ、ハヴェル神父も、昨日はアンジェが世話になったな」

「お疲れっす!」


 落ち着いた雰囲気で話す彼だったが、今日はどこか不機嫌というか、表情が硬かった。


 アンジェと別れ、隊列の外周を索敵し始めると、ハヴェル神父は俺についてきた。


「昨夜はあのような事になってしまい。申し訳ない」

「貴方は謝らなくていい。教会所属の人間が多いんだ。当然そうなることもあるだろう」


 アンジェとハヴェル神父本人から聞くところによると、翌朝彼のみが先行して隊列に戻り、襲撃によって発生した被害の確認と治療を行っていたらしい。本当に頭が下がる。


「そう言ってもらえるとありがたい」


 ハヴェル神父はそう答えると、それ以降は何も話さず俺についてきた。


 べつに仕事を手伝うとかそういうわけではなく、単純に同じ空気を共有したいという事なのだろう。俺は邪険にすることなく、かといって彼を気に掛ける事もなく斥候を続ける。


「貴方から見て――」


 一通りの見回りが終わったところで、ハヴェル神父が話しかけてきた。


「聖女は、どう映りますか?」

「え、っと……どうって言われてもな……」


 悪い娘ではないのは確かだ。だが、頭が良いとか、そういう話でもないような気もする。


「少なくとも、昨日アンジェを追い出したような連中とは違うな」

「金で地位を買ったとしてもですか?」

「成り行き上、そうなったらしい。本来なら巡礼の旅を続けていたかったとも言っていたな」

「口では何とでも言えるでしょう?」

「ま、まあ……そうだが」


 存外ハヴェル神父の言葉に圧がこもっていたので、俺は引き気味に答える。イリス……いや、教会の上層部に何かうらみがあるんだろうか。


「でもこれから先、彼女がどう行動するかで分かるんじゃないか? 本当に思ってるかどうかは」


 少し納得していない様子のハヴェル神父に、俺は苦笑いをしてそう言った。

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