第3話 巡礼神父・ハヴェル

「まだ席は空いているだろうか?」


 途中で止まった馬車に男が近づいて、御者に話しかけた。


「ああ、ルクサスブルグ行きだが……」

「それで大丈夫です。いくらかかりますか?」


 彼は目を引くような金髪で、やせた身体をしていた。雰囲気や立ち振る舞いからして、冒険者や傭兵という感じでもないが、農夫かと言われると首をかしげたくなる。


「まいど、おう、兄ちゃんたち、ちょっと詰めてくれや」

「わかった」

「はいはーい」


 御者に銀貨を渡すと、男は俺の隣に腰掛けた。


「ルクサスブルグまでの間、よろしくな」

「ええ、私こそ」


 雰囲気からして、聖職者か何かだろうか、そう言えば聖女が近々来るっていってたな。


「俺はニール、ルクサスブルグに聖女様が来るらしいから一目見ようって思ってな、あんたは?」


 遺物の事は黙っていたほうが良いだろう。どこで誰が変な気を起こさないとも限らない。


「ハヴェル、巡礼神父ですよ。目的は……まあ似たような物です」


――巡礼神父

 集落や市街の教会に所属せず。教会の無い小さな村を渡り歩いて、治療や布教を行う聖職者だ。


 元々のコネなどで教会や修道院に所属できるか、老齢になり、体力が持たなくなるまで巡礼を続けられた聖職者のみが、ガロア神父のように一つの村に留まることができる。


 このハヴェル神父は俺よりもかなり年上だが、壮年にギリギリさしかかるくらいだろうか? 巡礼の旅は半分を過ぎ、その旅で培った経験をもとに、定住の地をさがす段階に入っているのかもしれない。


「というと、聖女様に巡礼先を聞くとか?」

「まあ、そういう事にしておきましょうか、おや……」


 ハヴェル神父は微妙に言葉を濁すと、ふと気づいたように俺の左目を見る。


「……? ああ、この目は罪源職との戦いで負ったものでな。それほど苦労していないから気にしないでくれ」

「罪源職と、なるほど、そういうことでしたか」


 彼は納得したように頷くと、それでも俺の傷痕をじっと見つめていた。


「そんなに気になるか?」


 御者が再び馬車を動かし始めてもハヴェル神父は視線を逸らさなかったので、俺は左目を覆う眼帯をめくって見せた。


「いえ、すみません。怪我した当時、私が居れば治す事も出来ただろう。そう思うとですね」

「治せたのか? 村の神父でも無理だと言っていたのに」


 普通、巡礼は実績と修行のために行なう物なので、巡礼神父よりも、どこかに腰を落ち着けた神父の方が優秀だ。


「ええ、戦地や魔物の襲撃で疲弊した村々を回っていましたので、元々の適性もあり、回復魔法はかなり習熟していると思います」

「そりゃまた、随分きびしい道を……」

「ふふ、聖職者として当然の事ですよ」


 実はこの神父、すごい人なんじゃないか。


 こけた頬を緩めてわらう彼を見ながら、俺はそう思わざるを得なかった。

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