閑話:聖女の憂鬱

 わたしの村には教会がなかった。


 それが不幸なことだとは思っていなかったし、実際に苦労することはそうそうなかった。


 巡礼神父もほとんど来ない辺鄙な場所だったけど、簡単な回復魔法を使える元冒険者のおじいさんが、医者の代わりをしているだけで、大体の事は何とかなっていた。


「おかあ、さん……」


 ある時、開拓者が現れて村が襲われた。


 冒険者だったおじいさんも、近所の友達も、わたしの母親も、抵抗して、深手を負って、死んでいった。


「……」


 その時に編成されていた魔物は攻撃性が高くて、私達を家畜にしようなんて考えていなかった。だから、私もお腹から血を流して、意識を手放す寸前だった。


「――!! ――っ!!!」


 遠くなった周囲の音が、唐突に色を変えた。


 響くのは金属が打ち鳴らされる音、そして鈍い、肉が弾ける音。私はその音が怖くてたまらなかった。死ぬ間際の音がその音だとは思いたくはなかった。


 しばらく経つとその音は止み、静寂が訪れた。音が鳴らなくなったのか、もう自分の耳が聞こえないのか、どっちか分からなかったけど、音が聞こえなくなってほっとしたのを覚えている。


 更にそれから時間が経ち、私は感覚が消え失せ、身体を動かす力さえ残っていないはずなのに、なぜか暖かな光に包まれたように感じた。


 その光は徐々に私の身体へと染み込んでいき、身体の感覚を徐々に取り戻して、とても安らかな気分になっていった。


「頼む……目を開けてくれ……!」


 その言葉が聞こえた時、わたしはゆっくりと目を開いた。視線の先には黄金の髪を持つ、痩躯の男の人がいた。


 ――それが、わたしと、わたしの師であるハヴェル枢機卿との出会いだった。



「――様、聖女様、お目覚め下さい」

「え、あっ……はい」


 わたしは、目を開けて、呼びかけに答える。聖女なんていう大層な名前、私には似合わないというのに、周囲の人は許してくれない。わたしは聖女でなければならない。


「じきにルクサスブルグへ到着します。そちらで巡礼神父への啓示と、新たに遺物の所持者になった冒険者と合流します。教皇庁への旅路も、もう少しで終わります」

「ええ……ありがとうございます」


 精緻な装飾が施された馬車の内装を恨めしげに眺めつつ、教えに来てくれた人にお礼を言う。


「では、何かあれば……」


 今、わたしがこんなことをしていると知ったら、師匠はどんな顔をするだろう。人の気配が無くなった馬車の中で考える。


 間違いなく、怒るだろうな。もしかしたら呆れて笑われるかもしれない。どちらにせよ、わたしは師匠が示してくれた道とは真逆を歩いている。


 巡礼の旅の途中、ある人を助けた。


 その人はお忍びで地方を回っていたアバル帝国の貴族で、わたしの回復魔法に感動したという彼は、私を聖女として担ぎ上げた。


 あれよあれよと言う間に話に尾ひれがつき、結果としてこんなところに収められている。


「はぁ……」


 息の詰まりそうな馬車の中、わたしはひときわ深いため息をついた。

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