閑話:アバル帝国帝都ヴァントハイムにて4
「ちっ……」
不満なわけではないのに、舌打ちが漏れる。
気に入らないことはいくつもあるが、これから会う相手は俺に利益しかもたらさない。俺は何に苛ついているのか、それすらも分からなくなっていた。
今日もヴァントハイムの空は雨模様で、洗濯をする余裕もない外套からは酷い臭いがする。自分でも分かるほどだから、余程の悪臭だろう。そろそろ店から新しい服をかっぱらうか、恐喝しなければならないな。
この町のスラムは、反り立つ外壁のすぐ近くに形成されており、俺はその脇を歩きつつ、闇医者の元へ向かっていた。
――ヴァントハイム
古い言葉で「壁の家」という意味のここは、高い城壁に囲まれた都市で、まさしく名前通りの形状をしている。
壁に当たった雨粒は滝のように地面に降り注ぎ、壁の近くには大きな水溜りが、雨の後もずっと残っている。
スラム地区は特に水はけが悪く、膝まで埋まるような水溜りもいくつかあった。スラムの水溜りが無くなると、いよいよ干ばつが酷くなる。そんな言葉があるくらいだ。
頼りない鉄骨製の階段を見つけて、俺は一歩一歩のぼっていく、足を進めるほどに揺れが酷くなるので、途中何度か揺れが収まるまで立ち止まった。
「っ!? ……ちっ」
揺れが収まるのを待つ間、何の気なしに手すりを掴んだら、手すりが簡単にもげてしまった。よく見るとそこかしこに物干し竿や、よくわからない端材で補強した跡がある。どうやらこの階段の寿命は近いらしい。
急ぎつつも、細心の注意を払って階段を上り、昨日少女に案内された扉を無造作に開く。
中に広がるのは、空間魔法によって形成される迷路――ではなかった。
「っ!! おいっ!」
何もない、小汚い部屋が一つ、そして先に繋がる部屋で、ナイフを振り上げた男が見えた。
「がっ!? な、何だてめえ!?」
考えるよりも先に足が動き、判断するよりも先に手が動いた。
片手剣を抜き、腰を狙って突き刺す。男は痛みにナイフを振り回すが、俺は構わず片手だけの力で剣を横薙ぎにして、男を地面に引き倒して背中を踏んだ。
「っ……? あ、カイン!」
「……期待してんじゃねえよ、俺の腕を見れる医者が死んだら困るだろうが」
助けてくれたのか! とか言い出しそうな間抜け面を見て、俺はまた気分が悪くなった。
「で、こいつは? 大方昨日と同じだろうが」
「てめえ! 俺達DSFに楯突いたらどうなるか――」
「うるせえな、死んどけ」
足に体重をかけて剣を引き抜くと、俺は男の頭蓋めがけてもう一度剣を振った。
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