閑話:アバル帝国帝都ヴァントハイムにて5

 ごろつきの死体を担ぎ上げ、入り口の階段から放り投げる。はるか下の方で肉の潰れた音が聞こえて、俺は鼻を鳴らした。


「昨日と同じだったな、魔法を解いてまで突入してくるたぁ、モテモテだな」

「ああ、解呪札(ディスペルスクロール)はかなり高価なものだ。それをつかうなんて、奴らは本気なんだろう」


 振り返って皮肉を言うと、闇医者は真剣な顔でそう返した。


――解呪札

 魔道具師によって作られる。魔法を無効化する札だ。


 大体の用途が非合法な為、製造にかなりの規制が敷かれている。そのうえいくつかの魔法は、解呪札で解除できないよう二重の防衛機構が組まれていた。


 スラムの一角を守るだけの魔法に、そんな防衛機構があるはずもなく、まんまと突破されたというわけだ。


「で、俺の腕を見てくれるんだっけ?」

「悪いが、少し待ってくれ、隠れ家を移さなければ……」


 やっぱそうなるか、めんどくさい事になった。俺は舌打ちを漏らす。


「カインさん! ありがとうございます!」


 少女が部屋の奥から顔を出して、俺の名前を呼ぶ、信頼と期待に満ちた眼差しを受けて、俺は口を歪ませた。


「別に俺は慈善事業で助けてやってる訳じゃねえんだ。腕の経過観察くらいすぐ終わるだろうが、早くやれ」


 俺は少女の顔を見ないようにしつつ、荷物を纏める闇医者に詰め寄る。早いとこ正義の味方ごっこから解放されたかった。


「なるほど、だったら悪いけど、なおさら待ってくれ、それをチラつかせるだけで、貴重なボディーガードが一人雇えるんだからね」


 闇医者はニヤリと笑い、俺にそんな事を言った。


「てめえ、だったら診てもらわなくても――」

「昨日はああいったが、まだ化膿する可能性が残ってるんだ。なんせこんな設備での治療だからね」


「……ちっ」


 闇医者の言っていることが真実かどうか判別がつかない。どうやら俺に選択権は無いらしい。



 暫く時間が経った頃、あの不安定な階段を上る一団が居た。


 身なりは揃って荒々しく、間違いなく治療を頼みに来たという風ではない。


 彼らはぐらぐらと揺れる階段に不安を覚えつつ、中腹を過ぎた辺りまで昇っていた。


「風切」


 俺は最上階の入り口から身を乗り出して、魔法を唱える。風の刃が階段を固定するボルトをいくつか切断し、下の方で騒ぐ声が聞こえた。


「っ……がぁっ!!」


 そして、手すりに足を掛けて全力で押す。老朽化が進み、いつ崩れてもおかしくなかった階段は、それだけでバランスを失い、音を立てて崩れ始める。


「大人数、ボルトの欠損、老朽化……そりゃあ倒れるよな」


 俺の脇で闇医者が恐る恐る下を覗き込みながらそう言った。下では血まみれになったり手足が変な方向に曲がったごろつきたちがうごめいている。


「あいつらを治療するのか?」

「まさか、患者は選ばない主義だけど、流石に襲撃者は対象外さ」

「だろうな」


 軽口を言い合って、俺と闇医者、そして少女の三人は裏口の階段から脱出する。


「あのベッドがフェイクだとはな」

「患者を治療するために、お父さんは重症患者だけ隔離するセーフハウスを持ってるんです」


 昨日見たベッドは、照明と詰め物で偽装した偽物だった。俺たちはこの診療所を捨てて、そのセーフハウスへ向かう事にしていた。


 裏口はさっきの外にあった鉄骨の階段などではなく、密集した住居の間を縫うように渡された梯子と板によって作られたものだった。表からの追手を潰して時間を稼いだ今、この入り組んだ道を追いかけるのは難しいだろう。


「っぐああああああああっ!?」

「……とはいかないか」


 曲がり角で待ち構えていた男に剣を突き刺して、俺は呟く。ああ、クソ、めんどくせえ。腕はもう炎症さえ起らなけりゃなんでもいいってのに。


 そう思いつつ俺は闇医者とその娘を助けつつ入り組んだ道を駆けていく。

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