第30話 第五の罪源2

「やれよ愚図がっ! テメェのせいで俺がどれだけめんどくせえことになったか、分かってんのか!? ああ!!?」


 モニカの耳にその言葉が届くと、彼女の意識は肉体と乖離してしまった。


「ざざす、ざざす、なさたなだ、ざざす」


 ひとりでに口が動く、モニカの意思ではなかった。


――カインが命令したから、従わないとまた怖い事をされるから……


 だが、彼女の意思ではなかったとしても、彼女はその詠唱に相反する意思は持っていなかった。


 いつものように脅され、無理矢理に強要される魔法の詠唱。それはカインのパーティに居るときに、何度となくあった光景だった。


 体内の魔力が渦を巻きはじめて、ただカインの怒声に従うだけの意識がそれに飲み込まれていく。


――テメェ、もし失敗したらどうなるか、分かってんだろうな?


 それはニールが抜けた後、魔法の調子を落としたモニカに、カインが投げかけた言葉だった。


 その言葉は、身動きできない彼女の意識に絡みつき、荒れ狂う魔力の水底へと沈めていく。


 失敗するわけには行かない。

 また怒鳴られるのはいやだ。

 従わないともっと怖い事になる。


 彼女の中から染み出したそれらの感情は、意識をさらに鈍化させ、荒れ狂う魔力の制御すら手放そうとしていた。


――モニカは失敗しても大丈夫だ。俺がどうにかする。


 不意に、柔らかな言葉が頭に響く。


 一瞬、ほんの少しだが、意識を縛る言葉が緩んだような気がした。それは、その言葉が彼女にとっての救いだったからに他ならない。


 そう、彼女はその言葉で、何度も救われてきた。


 失敗するたびに罵声を浴びせられ、泣くしかできなかった彼女にとって、その言葉は重責から解放してくれる。唯一の救いだった。


 失敗してもいい。

 きっとあの人は何とかしてくれる。

 もっと役に立って、あの人の喜ぶ顔が見たい。


 彼女がそう願うと、急速に魔力の荒波が凪いで、身体が浮いていくのを感じる。


 彼女を雁字搦めにしていた言葉の数々は、急速に強度を失い、霧が晴れるように消えてしまった。


「……」


 モニカの目には、何かを必死で訴えるニールとユナ、そして赤く輝く怪鳥を従えたカインが映る。


「きたれ、いかづち」


 彼女は、誰を攻撃すべきか分かっていた。二人の訴えを聞くまでもなく、敵が誰か理解していた。


「雷帝降臨」


 虹色に輝く靄がカインの頭上に現れ、怪鳥へ向けて極大の稲妻が殺到した。

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