第19話 討伐完了

 冷静な脳は自らの愚行を嘆いたが、身体は止まらない。


 一歩、地面を蹴り、知覚できないほどの速度で、大鬼の懐に飛び込む。

 二歩、ナイフで大鬼の腱を切断し、ユナを奪い取る。

 三歩、離脱し、身を翻して空を見る。魔力飽和による輝く霧が目に入った。


 ユナを抱え、俺は効果が切れ、だるさの残る身体で全力疾走する。


 モニカに魔法の中止指示は出来ない。大鬼は俺とユナでは倒しきれない。魔法は絶対に発動させる。なるべく、可能な限り距離を取るんだ。


「くっ……!? ユナっ!!」


 クールタイムの気だるさに、思わず足をふらつかせてしまう。それでも踏みしめようとして、自分の手からユナが滑り落ちてしまう。


 俺だけ逃げれば間に合うかもしれない。だがダメージを負った状態で広範囲魔法を食らえば、ユナでも無事に済まないかもしれない。しかし、彼女を助けるには、魔法も切り札も存在しない。


――ニール、距離を取りなさい、私は大丈夫だから。


「……!」


 言葉は無かった。


 だが、ユナの表情を見て、その意思をくみ取った。


 それを察した瞬間、俺の中で何かが切れた。


「母さんっ!!!」


 俺は反転し、追いかけてくる大鬼に突進するように駆けていく。

 何も策はない。ただ死んでほしくない。その意志だけで動いた。


 それでも後悔はない。彼女を見捨てたら、俺は俺を一生許せないから。


「ゴアアアアアアァァッ!!!」


 振り上げられた棍棒と、まっしろに輝く空が同時に見え、次の瞬間には轟音がすべてを引き裂いた。



――



「……」


 俺はその頃、母親に捨てられたという自覚がだんだんとはっきりしてきて、ふさぎ込んでいた。


 子供のように――いや、事実子供だったんだが、他人の屋敷だというのに、来客用の寝室に引きこもり、ベッドでうずくまる。そんな生活を続けていた。


 先代領主は優しい人で、そんな俺を無下に扱う事はしなかった。ただ、どう接するべきか分からなかったようで、俺はそんな態度を恨めしく思い、更に態度を硬化させていた。


「ご飯ですよ」


 そんな中、ユナだけは毎食かならず食事を運んできて、俺に根気よく話しかけてくれていた。


 今思えばなんて生意気で、礼儀の知らない子供だって思うが、俺はそのお陰で少しずつ気持ちの整理をつけていった。


 そんな中、彼女は俺にある提案をしてくれた。


「同じようには振る舞えないけれど、私をお母さんだと思ってくれていいのよ」


 信じがたい。その時の俺はそう思ったし、今の俺もそう思う。どこの誰とも知らないガキの親代わりを務めようというのだ。


 だが、俺はそのお陰で――



――



「ふぅ……」


 目を開けると見慣れた天井が見える。何とか生きて帰ることができた。


「あら、ニール。ようやくお目覚め?」


 体を起こすと、少しの痛みがある。しかし、それは目の前にいる彼女を前にしては、些細な事だった。


「ああ、おはよう。ユナ」


 ユナの身体は既に元に戻っている。そして、俺も目立った外傷はない。


 雷は高い位置に落ちる。周囲の建物は一度目の広範囲魔法で更地になっていた。つまり、大鬼の振り上げた棍棒よりも高い場所は存在せず。俺たちは地面に伏せていた。


 雷帝降臨が全て大鬼に当たって、俺たちは軽い電気火傷で済んだのは本当に僥倖だろう。


「あれ? 母さんって呼んでくれないの?」

「……」


 いたずらっぽいユナの顔を見て、俺は思いっきり表情をしかめてやった。


「あれは忘れてくれ……もう俺も大人なんだから」

「不死種にとっては人間はみんな幼子みたいなものよ?」

「そういう問題じゃなくてだな」


 カーテンを閉め切り、日の光を浴びるリスクを負いながらもすぐそばに居てくれる彼女に感謝しつつも、この性格だけは何とかしてほしいと思うのだった。

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