第17話 魔物集落討伐2

 遠くに見える赤々とした炎に、モニカは安堵する。


 ニールの初撃は成功したようだ。


 今回の彼女は、ほとんど固定砲台のような役割を持っており、目標はニール本人である。


 彼は魔法発動の瞬間、それと合わせる形で支援魔法を発動させ、安全圏まで退避する。そして彼を取り囲んでいた魔物のみに広範囲魔法を打ち込む手筈だった。


 遠くで響く争いの音を聞きながら、モニカは木の上によじ登って魔法発動の集中を行っている。


――ざざす、ざざす、なさたなだ、ざざす


 心の中で言葉を呟く。


 その言葉は凪いだ海の水面から、徐々にさざ波のように揺蕩いはじめ、やがて荒海のように制御不能な、膨大な魔力の波を作り上げる。


 彼女の意識はその波の中にあり、小舟のように翻弄され、しかしその水面に沈む事は無かった。


――モニカは失敗しても大丈夫だ。俺がどうにかする


 この波の制御ができなかった頃、ニールにかけて貰った言葉だ。彼女はその言葉を今でも忘れずに胸に刻んでいる。


 荒海のような荒れ狂う魔力は、徐々に指向性を持ち、一つの方向に流れ出す。


 モニカはその流れに逆らわず。いや、むしろそれを先導してある一点へと目指し始める。


――そう、モニカは大丈夫……ニールが居る。


 心象風景と目に見える景色が同化し、目標と濁流の行き先が重なる。そう、目指すのはニールのいる魔物集落。彼の姿は遠くからでも見える。その為に高い木へ登った。


――きたれ、いかづち


 海のような膨大な魔力が濁流となり、それが黄金色に輝くと、星の輝く夜空に、それ以上に輝くもやが発生する。それは、大気中に存在する魔力が飽和し、魔法となって表れる予兆。


「雷帝降臨(ライトニングカイザー)」


 魔法が起動した瞬間、周囲は昼と見紛うほどの光に包まれた。



――



「ちっ……」


 二本目の急造杖がぼろりと崩れ落ちる。加速のクールタイムがまだ終わっていなかったため、強化した支援魔法で彼女の広範囲魔法を凌いだのだ。


 周囲には黒焦げになった魔物が大勢いて、動くものはほとんどいない。俺は当面の安全を確認すると、消費した魔力と体力を回復するために各々の霊薬を口に含んだ。


「すごい威力ね」

「……ユナ」


 血に染まった手袋を外しながら、ユナは感心したように声を漏らす。どうやら広範囲魔法の発動を確認して、俺と合流するつもりだったようだ。


「ああ、クールタイムが終わる前に撃たれたときは焦ったけど、急造杖を持ってきておいて助かった。最後の一本は使わずに済ん――」


 地面が揺れる。


「えっと、それなんだけど……」


 気の所為かと思ったが、全くそんなわけもなく。間髪を入れずにまた揺れる。


「グウォォォ……」

「え、ちょ、ちょっと待て、ユナ、この声は――」


 カインたちのパーティに居た頃、何度か聞いたことがある。その時は三つくらいのパーティと連携していたような気もする。


「大鬼(トロール)が居たみたい」


 そう言ってユナは「てへっ」みたいなポーズをする。俺は眩暈を覚えつつも、炎の先で揺らめく巨大な影を見ていた。

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