第31話 予選を終えて

「ふぅ、疲れた……」


 Xとの通話を終えた後、俺はヘッドホンを頭から外して椅子にもたれかかった。


 10試合ってすごく疲れるもんだな。最後の方はかなり精彩を欠いていた気がする。

 まあ決勝は8試合だから、なんとかなるだろう。


「ってこんな時間か。そろそろご飯作らないと」


 時計を見ると20時を過ぎていた。そろそろ御伽が帰ってくる頃だ。


「ただいま~」


 思うのと同時にやはり帰ってきた。


「お疲れ」

「つかれたよ~。今日は大変なシーンが多くてさあ」

「とりあえず着替えてきたらどうだ?」

「そうする~先にお風呂入ろうかな……」

「わかった。その間にご飯用意しとくわ」


 どうやら本当に疲れているらしい。足取りなんかはいつも通りだが、なんというか覇気みたいなものがない。

 ただそれでもかわいく見えるのは、伊達に売れっ子女優じゃないなと思う。あれだ、すっぴんでもかわいいみたいなやつ。よくわからんが。


「おふろおふろ……!」

「溺れるなよ」

「はぁい」


 若干の幼児退行が見られる御伽をお風呂に向かわせて、俺はササッと料理を作成する。


 今日はハンバーグだ。タネを適当に作って、フライパンに放り入れる。そこに適当に味付けしていって完成。

 煮込みハンバーグは以前に失敗した記憶があるので、単純な焼きハンバーグだ。FPSは成長しても料理の腕は一向に成長が見られない。


 ただ料理自体は存外にいい趣味になっていた。料理をしている間は何も考えなくて済むから気分転換になる。のんびり作って出来上がったものに一喜一憂するという行為は高校生っぽくないような気もするが、まあいいか。


「おーさっぱりしたー!」

「………………」


 そんなことを言っていたら御伽がお風呂から上がってきた。


 ――すっぽんぽんで。


「お前、その、ふ、ふ、服、着ろよ」

「ふく? あー、ふくね!」


 こちらアルファ。我らの家主はもう頭がビックバンされてしまったのかもしれません。ただちに救急車を呼んでください。ついでに俺の鼻血も治してください。


「わー、はんばーぐ!」


 御伽を何とか着替えさせることに成功した俺は食卓に料理を並べる。すると、これまた幼児のように目を輝かせながら御伽はやって来た。


 ふむ……何かがおかしい。


「とりあえず食べるか」


 余計なことは考えまい。ご飯でも食べれば治るだろ。


「いっただきまーすっ!」

「……いただきます」


 大きな手振りで元気よく言う御伽。

 小学1年生のノリだ。


 というかだんだん目の前にいる人間が小学生に見えてきた。仕草がいちいち子供っぽいし、料理に対していちいち感想を言いながら食べている。「これおいしー!」とか「うみゃーい」とか言ってる。おかしい、俺にロリコンの気はなかったはずなのに、なぜだかかわいく感じてしまう。


「ねえねえ、はやぶさー」

「謎の呼び捨て」

「これ食べさせてー!」


 御伽小学生が指をさしたのは、ハンバーグの付け合わせとして用意したコーンだ。


「スプーン持ってくるから待ってろ」

「ふぁーい」


 なんか保育士になった気分だ。手のかかる子供だなあとか思ってる自分がいる。


 スプーンを持ってきて、御伽の手に無理やり握らせる。


「ほら、食え」


 しかしどういうわけか、御伽は食べない。

 そしてなぜだか俺の皿に乗っている方のコーンをじいいいっと見ている。


「ねえ、そっち食べたい!」

「どっちも同じだが……」

「たべたいたべたい!」

「…………」


 たぶんあれだ、脳みそをどっかに落っことしてきたんだろ。そうだそうだ、そうに違いない。


「ほら、分かったから」


 こうなればとことん付き合うだけだ。何の意味があるのか分からないが、皿を持ち上げて交換する意志を見せる。


 だがそこで御伽少女は、にまーっとふにふにに膨らんだ頬を持ち上げると、ふかふかとした顔で言った。


「食べさせて‼」

「なっ――⁉」

「ほら、あーん」


 御伽は目を閉じてあーんと口を広げている。そうすると不思議なことに、さっきまでは少女らしいかわいさみたいなものを感じていたはずなのに、今度は艶めかしさを感じるではないか。口の中で物欲しそうに待っている舌、形の良い唇。どうみても中身は子供なのに、そのあたりの部位の大人らしさとのギャップでメンタルが揺さぶられる。


 一体何が起こっているというのだろうか。


「ほらーはやくー」

「…………くそっ」


 もうこうなったらなるようになれだ。知ったことか。


 スプーンにコーンをいっぱいよそって、彼女の口に近づける。

 彼女の口の中に入ったところで、御伽はゆっくりとスプーンを口に含んでいった。


 ……。


「うーん、おいちー!」

「それは、ようござんした……」


 もはや食事どころではなかったので、俺は慌てて工藤に電話をかけ事情を説明する。


「あーそれ起きたんだ? それねえ、彼女がストレスとか疲れとかを溜め込んでたりすると起こる現象なのよ~」

「た、対処法は――‼」

「そっとしとくことね~。彼女も幼児化することでそれらを発散してるみたいだから、ほっとけば治るわよ」

「治るまでは?」

「どうしようもないわね~」


 ということは、この女児と治るまで一緒に過ごせと? 俺の方はすでに限界を迎えそうなのに?


「あ、そうそう」

「なんだよ」

「その状態の時の記憶、ないから。変なことしてもバレないわよ~」

「ろくに役に立たねえなお前‼」

「おやすみ~」


 くそう、あいつに頼った俺がバカだった。


 もうこうなったらさっさと片付けて寝るしか……。


「ねぇ、はやぶさー。いっしょにねよーっ」

「…………」


 これ以上は俺の沽券にかかわるから何も言わないでおくが、その日は一睡もできなかったということだけは言っておこう。


 大会の決勝戦が明日じゃなくてよかったと、本気で思った。



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