第10話 同居生活

 結局、工藤からは「スキャンダルにはほんっとうに気を付けるように!」と言われただけだった。

 幸いうちの家主が借りているのは高級なタワーマンションのため、一緒に歩いているところさえ見られなければ問題はないだろう、とも言っていたか。


 あ、そういえばもう一つ。工藤はほかにも気にしていることがあるらしかった。


「御伽。あなた、まだ宅配でご飯を済ませてるの?」

「――げっ」


 朝、俺が学校に出かける前のやり取りだ。


「朝ご飯は?」

「……食べてない」

「昼ご飯は?」

「……現場への差し入れ弁当?」

「夜ご飯は?」

「……上に同じ?」

「はあ…………」


 頭を抱える工藤。やはり同じ女優から見ても、うちの家主の食生活は心配になるらしい。


「……分かった。あたしが料理道具とか弁当箱とかそろえてあげる」

「え、でもあたし料理できないし、やる時間もないよ?」

「あなたじゃないわよ」


 とそこで、工藤は俺の方を見る。――え、俺?


「ハヤブサくん、それくらいやりなさい! ただで居候してちゃダメよ」

「ああ、まあ別にそれくらいなら頑張るが……」

「え、隼くん料理できるの?」

「いや、できないが。まあ今時、レシピなんてそこら中で公開されてるからな。できない理由もない」


 それに工藤の言う通り、ただで住まわせてもらうのはいくらなんでも図々しいが過ぎるというものだ。

 高校生の身分に甘えているわけにもいかない。


「お、高校生らしからぬいい返事じゃん。じゃあ食材のお金はこのポンコツに出してもらってね」

「ぽ、ポンコツ……?」

「ああ、分かった」


 頭にクエスチョンマークを浮かべている家主を放っておいて、俺と工藤は頷きあう。


 そしてその日の晩には、工藤が買ったという料理道具がうちに届いたのだった。





『今日は8時には家に帰るから、ご飯作って~』


 そしてさっそくその日のうちに、家主は料理を所望してきた。なんとなくだが、ハンモックの上でだらしなく溶けながら「ごはんまだ~?」と言っている家主の姿が想像できた。まあこの家にはハンモックはないが。


 しかし、俺も今日は学校の図書館で勉強してきたため、家に帰ってきたのが遅い。やることもないので、料理を試しにやってみるにはちょうどよかった。


 とりあえずは最初だということで、炒飯ちゃーはんでも作ってみるか。


 レシピを調べて材料が載っているところをスクリーンショットでメモ代わりに残しておく。

 家主が家を出る前に机に置いていった2千円を財布にしまい、近くのスーパーに向かう。服がないので制服を着たままだが、ジャージよりはいいだろう。


 まだ慣れない高級な受付口を抜けて、スマホで場所を調べながら向かう。歩いて3分くらいのところにどうやらあるらしい。


 まだ19時前だが、すでに外は暗かった。12月に入ったばかりだがすでに日が沈むのは早い。


「…………?」


 ふと、視線を感じて後ろを振り返る。


 ――だが、後ろにいたのはとぼとぼとスマホを見ながら歩く女子高生だけだった。


(ってあれ、うちの高校か……)


 じゃあパパラッチのたぐいではないな。少し緊張が和らぐ。


 ついでに辺りを見回すが、それらしい気配もない。


「さすがに意識しすぎか」


 俺は気にもせずスーパーに向けて歩き出した。





「たっだいまー!」

「お、帰ってきたな」


 仕事から帰って勢いよく家のドアを開けてみると、リビングの奥から制服の上からそのままエプロンを着た隼くんが顔をひょこっと覗かせていた。


「お、いいじゃんいいじゃん。似合ってるね」

「エプロンしないまま制服に油が飛んだら、あとが面倒だからな」


 褒めたことには反応せず、隼くんがそう言う。

 だが、紺色の大人しめなエプロンが意外にも似合っているのは事実だった。


「てか、待っててくれたのー? 先に食べてくれててもよかったのに」

「まだ電子レンジがないからな。冷めたもの食わすのも悪いだろ」

「その心遣い、ありがたやありがたや……」


 そう言ってわたしはキッチンに行って中身を確認しようとしたけど、その前に隼くんが通せんぼをしていた。


「まずは着替えてからにしろ」

「お母さんみたいなこと言うなあ」


 だが木べらで「あっちに行け」と寝室の方を指されたので、わたしも子供っぽく「はーい」と寝室に消える。

 なんだかこういう会話は懐かしい。というかずっとひとりだったからか、ちょっと安心する。


 ……やっぱり、こういう生活もいいよね。


 昨日は危うくすみれに取られちゃうところだったけど、やっぱわたしはこういう生活が続けばいいなと勝手に思っているみたいだ。

 もちろん隼くんの家の問題が解決するに越したこともないけど。


 だからこそ、不本意な形で同居生活が終わるのだけはやだな。そう思った。


 マネージャーさんにも事情は説明したし、「もし見つかっても隣の部屋に住んでて偶然仲良くなった高校生って言っとけば大丈夫」って言われたから、そんなに心配する必要はないんだろうけど。


「おーい。できたぞー。早くしないと冷めるぞー」

「あ、ごめんごめん! すぐ行くー!」


 うむ、いかんいかん。わたしらしくないぞ。


 ひとまずは、今ある生活を大切にせねば。


「あ、こら、いただきますの前に口を付けるな‼」

「隼くん、ほんとお母さんみたいだね……」

「それくらい当たり前だ‼」

「じゃあ一緒にお風呂入る?」

「何がどうなったら『じゃあ』になるんだ⁉ 論理の飛躍がひどすぎる‼」

「いいじゃん~。ほら、うちのお風呂ひろいよ~?」

「そういう問題じゃねえって何回言ったら分かるんだよ‼」


 ただ、隼くんの方は、ずいぶんと大変そうだけどね~。

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