第34話 トーリの悩みと、お出かけ準備

 

 翌朝の食事の席で、問題の話をクロフトが切り出した。


「そういえばトーリ。昨日、僕らに何かを言いかけてやめませんでしたか?」


「あ? ああ、あれか。あれなぁ…………」


 口ごもるトーリ。


「なんですか、らしくない。言いたいことがあるなら、遠慮する必要はありませんよ?」


「そうか。なら、これは相談なんだが……」


 重たい口を開くトーリ。


 結局、彼の相談内容は、前日の夜に一行が予想した通りだった。




「南の森の調査と、化け物討伐……ですか?」


 クロフトが白々しくも「まるで予想もしていなかった」と言わんばかりに訊き返す。


 ぶふっ!


 ラーナが表情を変えないまま噴き出した。


「何か?」


「……なんでもない。」


 クロフトの不気味な笑顔に、無表情で返すラーナ。

 そんなやりとりには反応せず、トーリは誠治たちに言葉を選びながら話し始めた。


「……昨日親父が言ったように、このままじゃこの村は早晩立ち行かなくなる。『死者の手』のせいで北の村とも西の領都ともやり取りできない上、南の森に入ることも出来なくなっちまった。せめて南の森に入ることができれば、猟もできるし、隣領の村ともやり取りができる。あの怪物を何十匹も倒したあんたらなら、なんとかできるんじゃないかと思ったんだが……」


 トーリの言葉を、隣に座っている村長が引き継ぐ。


「儂からも名主としてお願いしたい。夕べ息子から、お主たちは相当な手練れだと聞いたんじゃ。引き受けてくれるなら、儂らができる限りの便宜は図らせてもらうし、予算の限界はあるがこの村ができる限りの謝礼もお渡しする。どうかひとつ、お願いできないじゃろうか?」


「ふむ。そういうことですか…………」


 クロフトは思わせぶりに腕を組み、目の前の皿をにらんで考え込む……フリをする。


 ぶふっーー!!


 ラーナが再び、表情を変えないまま噴き出した。


「何か?」


「…………なんでもない。」


 クロフトの冷たい目に、無表情で返すラーナ。

 意外と笑い上戸だな、と目を合わせ、首を竦める誠治と詩乃。


 しばしあって、クロフトがゆっくりと顏を上げる。


「そうですね。いくつか条件がありますが、それをのんで頂ければ、僕は引き受けても構わないと思います。あとは仲間たち次第ですが……」


 振り返るクロフトに、頷き返す一同。


「僕はいいよ」


「私も、構いません」


「異議なし。」


 クロフトがいい笑顔をトーリたちに向ける。


「……と、いうことになりました。条件は後で僕が代表して打ち合わせさせて頂く、ということでいいですか?」


「おお、おお! ありがたい。恩にきる!!」


 トーリと村長は破顔し、ホッとしたように顏を見合わせた。





 それから二時間後。


「……という条件になりましたけど、構いませんか?」


 条件交渉が終わって部屋に戻って来たトーリが、一同を集めて内容を確認をしていた。


 条件は、次の通り。



 一、クロフトたち一行は、二十日以内に南の森の調査を行い、遭遇した害獣の駆除を行う。


 二、調査箇所は、南の森を南北に貫く馬車道を起点として、計六ヶ所とする。


 三、調査の起点は、森の北側の入口から、馬車で十分の位置、一時間の位置、二時間の位置、の三ヶ所とする。

 ※馬車で森を抜けるのに、約二時間半かかる。


 四、調査箇所は、各起点より東西にそれぞれ徒歩で一時間程、森に入った場所とする。


 五、調査の見届け人として、トーリが同行する。


 六、調査が終了したら、謝礼としてロミ村は一行に金貨六枚 (六十万円)を支払う。

 ※村の年間予算は、金貨二十枚 (二百万円)。


 七、村長は、一行の旅立つ準備が整うまで、本日から最大二十日間、部屋と食事を提供する。


 八、旅に必要な物資については、村が有償を前提に、できる限り調達に協力する。



「まぁ、妥当な線だと思うよ。リスクの割に謝礼の金額が少し安めだけど、村としてはそれ以上は出せないだろうし。その分は宿と物資調達の協力でお願いする、ということで」


 誠治が感想を述べ、女性陣が頷いた。


「分かりました。では、この条件で依頼を受けます。午後から、トーリに鍛冶屋の工房を紹介してもらうことになっていますから、セージは同行をお願いしますね」


 かくして、森へのピクニックの準備が始まった。





 午後、ラーナは「ちょっとお出かけ」と言って一人で出かけてしまい、他の三人はトーリに案内されて鍛冶工房に向かって歩いていた。

 工房は、広場から西に行ったところにあるという。


「……えーと、詩乃ちゃん?」


 誠治が歩きながら、おずおずと話しかける。


「なんですか? おじさま」


 満面の笑みで答える詩乃。


「あの、ちょっと、恥ずかしいんだけど……」


「私は、恥ずかしくないですよ?」


 誠治の腕に自分の腕をまわし、抱きしめている詩乃。

 周りの目を気にしてキョドる誠治。


「あんたら。真面目にやる気が……」


 トーリのこめかみがピクピクと引きつる。


「すみません、トーリ。彼らは、やる気も能力もあるんですが、あればかりは僕にもどうしようもありません。なんせうちの戦力は彼女がいてこそのものなんで……。旅に出てからこっち、何度か言ってるんですけどねぇ。まぁ、病気だと思って、放っておいて下さい」


「人を変態や異常者みたいに言わないでくれ〜!」


 誠治が情けない声をあげた。


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