第14話 逃亡者たち

 

 その兵士は、客室前の廊下の突き当たり、階段塔二階の踊り場に立っていた。


 目の前には上下階に繋がる階段があり、その向こうの小さな窓からは、うっすらと外の月明りが差し込んでいる。


 本来、この場所に見張りが立つことはない。

 今日は特別な命令が下っており、彼は外に出ようとする人物を見張っていた。



 彼と廊下の反対側で同じように見張っている同僚は、当直に入る直前に騎士団長の部屋に呼ばれ、団長直々に『特別な客だから』、『見かけたら部屋に追い返せ』、『逃げるようなら斬り捨てろ』との命令を受けていた。


(一体、どんな客なんだか……)


 普段聞いたことのない過激な命令。まともな客人に対する応対ではない。


(王の隠し子とか……)


 暇にあかせて、ついつい邪推してしまう。




 そんな余計なことを考えていたせいで、足音もなくそいつが彼の目の前に現れた時、反応がワンテンポ遅れてしまった。


 黒いローブを頭から深く被った不気味な人物。

 そいつは廊下の方からやって来ると、彼を無視して目の前を通り過ぎ、階段を下りようとした。


「お、おい! ちょっと待て!!」


 慌てて呼び止めた彼の声に、黒ローブはぴたりと足を止めた。

 足は止めたが、相変わらず目深にローブを羽織ったままで、表情など全く見えない。


「部屋に戻ってくれ。ここは誰も通すなと上から言われて…………」


 そう言いながら不審者に近づく彼に、別の何者かが背後から近づき、ぽん、と背中に触れた。


(い、一体、誰……が…………)


 兵士がその場に崩れ落ち、ぐーすかイビキをかきはじめると、彼の背後から現れた村娘姿の少女は、大きく息を吐いた。


「はぁぁぁ、緊張しました」


「ナイス連携」


 黒ローブがフードを取ると、誠治の顔が現れる。


「タイミング完璧だったよ。あとは堂々と行こう」


 誠治は小声でそう言って、びっ、と親指を立てて見せる。

 褒められた詩乃は、恥ずかしそうにはにかんで頷いた。




 二人は寝入った兵士を階段の死角にズリズリ引きずって隠すと、そのまま階段を降りた。


 一階に降りると、他の階同様に廊下に繋がっていたが、他階と違い反対側……つまり廊下側から見るとつきあたりの位置に、両開きの扉があった。


「ここから外に出られるかな?」


 誠治は扉を軽く叩いて言った。

 詩乃は軽く目を閉じる。


「…………とりあえず、扉の向こうには人はいないようです」


「虎穴に入らずんば、だ。行くか」


 誠治はゆっくりと扉を開けた。




 扉は、彼の予想通り外に繋がっていた。

 左手には中庭、正面には三階建ての建物があり、渡り廊下で背後の建物と繋がっている。正面の建物は、今まで彼らがいた建物よりいくらか質素なつくりをしていた。

 渡り廊下を通り、向かいの扉の前で立ち止まった誠治は、その建物を見上げる。


「使用人の宿舎かな」


 彼は左後ろを振り返った。

 先程死闘を繰り広げた宮殿と、中庭。そして庭の向こうには王城がそびえ立っている。


 城の中では、勇者たちを歓迎するための晩餐とその後の夜会が、いまだ続いているのだろう。いくつもの窓から明るい光が漏れている。

 その明るさとコントラストをなすように、中庭は薄暗く、とても静かだった。


「ちょっと、幻想的ですよね……」


「そうだね。石積みの城なんて、本物を見るのは僕も初めてだ」


 少しの間だけ二人は城を眺めた後、本来の目的、つまりこの場所から逃げることに頭を切り替える。


「行こうか?」


「はいっ」


 さて、次の建物を突破しようか、と誠治が気合いを入れた時、


「あ……」


 詩乃が、はっとして顔を上げた。


「向こうから、誰かが来ます」





 兵士たちは、顔を見合わせ、首を傾げた。

 廊下を向こうから歩いて来た二人組が、不思議な取り合わせだったからだ。


 ローブを羽織った中年男と、肩からショールをかけ黒い鞄を持った垢抜けない村娘風の少女。

 おまけに二人とも、この国にはあまりいない黒髪に黒目ときている。


 黒髪黒目といえば、遙か西方のアサラ島国の民が有名だが、彼らは鎖国しているためこの大陸では滅多にお目にかかることがなかった。


 故に、彼らは誰何した。

「君たちは何者か?」と。


「ラルス王の命で、異世界から召喚された者です」


 男の方が口を開き、慇懃にそう説明した。


「ゆ、勇者様!? ……い、いや、勇者様たちは確か今、夜会に参加されているはずだが」


 戸惑う兵士に、少女が頷く。


「はい。私たちも他の皆さんと一緒に晩餐会に参加させて頂いたのですが……途中で私の具合が悪くなってしまって……」


「さっきまで部屋で休んでたんですよ」


 男が少女の言葉を引き継いだ。


「それで、彼女が夜風にあたりたい、と言うので、どこか夜景が見える場所でもないかと城内を散策してる訳です」


「なるほど……」


 兵士たちは再び顔を見合わせると、向こうを向いてヒソヒソやり始める。


(どうするよ?)


(わかんねぇよ。上からは何も言われてねーし。それより勇者様相手に粗相があったらマズいんじゃね?)


(……だよなぁ)


 兵士たちは二人の異邦人に向き直ると、片方が口を開いた。


「この辺りで夜景が見えて涼める場所というと、主城門に隣接している門塔が良いでしょう。我々の詰め所でもありますが、王都が一望できますよ」


「おお、それは有難い情報です。門塔へはどう行けば?」


 ローブ男の質問に、もう片方の兵士が答える。


「この廊下をまっすぐ行って、つきあたりの扉を出れば、塔はすぐに分かるよ」


「「ありがとうございます」」


 二人は笑顔でお辞儀をして、廊下を歩いて行った。




「変わった挨拶だったな」


 片方の兵士が、去ってゆく二人を見送って言った。ちなみにこの国にお辞儀の文化はない。


「西国出身の冒険者に会ったことがあるが、確かあんな挨拶をしてたな」


 もう一人が答える。


「案外、西国と異世界、何か関係があったりして」


「まさか。そんなことより、さっさと巡回終わらせようぜ」


 そうして兵士たちは、夜間巡回に戻るのだった。





「詩乃ちゃんの言う通り、何もしなかったら普通に突破できてしまったな」


 兵士たちと別れ距離が離れたところで、誠治は隣を歩く少女に話しかけた。


「私もドキドキしましたけど、うまくいって良かったです」


 詩乃は右手の平で胸のあたりを押さえながら、そう返す。


「そうだね」


 誠治は同意して頷いた。


 コツコツコツ……


 二人は歩く。

 そのまま数歩歩いたところで、詩が立ち止まった。


「……おじさま?」


「ん?」


 誠治も立ち止まる。

 なぜか詩乃はムスっとした顔をしている。


「それだけですか?」


「え?」


 誠治は妙に不安な気分になる。


「無事、あの兵士の人たちに捕まらずに来れましたよね?」


「そうだね」


 誠治の背中を、嫌な汗が伝った。


「私のアイデアで、捕まらずに来れましたよね?」


(ヤバい…………)


 何が、ではない。

 ただ、ヤバい、と。誠治はそう感じる。


「それだけ、ですか?」


 詩乃の顔から表情が消えていた。


(ぎゃぁああああああ!?)


 誠治の声なき悲鳴がこだました。

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