第7話 星ノ欠片
「わぁああああ!!」
気がつくと誠治は弾かれたように飛び退いていた。
一瞬の後、尻からベッドに着地する。
「「はぁ、はぁ、はぁ、ーーーーーー」」
詩乃も誠治も、早鐘のように打つ心臓と混乱した頭のせいで、肩で息をしていた。
二人はお互いの姿を見る。
服は血に濡れることもなく、首はちゃんと繋がっていた。
ついでに誠治の腹と腕にも切り傷はない。
メイドの姿も影も形もなかった。
「け、怪我はない……か?」
誠治はノロノロと立ち上がり、数歩詩乃に近づき安否を尋ねた。
詩乃は両目に涙を浮かべ、ぶん、ぶん、と首を振ると、近くに来た誠治に飛びつ……抱きついた。
「げふっ」
詩乃の肩と頭が、誠治の腹に食い込んだ。
「よ、よかっ……よかった…………。おじさま、死んじゃったと思って…………」
詩乃はしゃくり上げながら言葉をしぼり出す。
シャツが少女の涙で濡れてゆく。
「僕もだ。むざむざ君を死なせてしまったかと……」
誠治は詩乃の頭に手を添えて言った。
少しの間ふたりはそのままでいたが、間も無く詩乃は泣き止み、誠治から離れた。
「さっきのは、なんだったのかな」
誠治は呟く。
詩乃が自分の手を触った瞬間、強烈なビジョンが頭に流れ込んできた。
自分たちが殺されるイメージ。
そしてどうやら詩乃も自分と同じか、少なくとも似たようなものを見たらしかった。
「ちょっと確認な」
「……はい(?)」
詩乃は頷きながら小さく首を傾げる。
「さっき君が僕の手に触れた時、やたらとリアルな映像、というかビジョンが見えたんだ」
「……私もです」
詩乃は再び頷く。
誠治は先ほど見た内容を、ひとつずつ詩乃と確認していった。
メイド姿の暗殺者のこと。短剣。左腕への斬撃。腹への刺突。首へのトドメ。そして詩乃への攻撃。
そこまでの内容は全てが一致していた。唯一の違いは、視点の違いだ。
「最後、視界の端に君が斬りつけられるのが目に入って、僕はそこで終わりだった」
「私もほとんど同じです。襟を掴まれて、首の左のところに刃を押しつけられて、斬られて…………あっ」
斬られたであろう首のあたりをさすっていた詩乃が、何かに気づいたような顔をした。
「どうした?」
「最後は私も首を斬られたんですけど、そのすぐ後にメイドの人が床にひっくり返ったのを見た気がするんです…………」
「なんだろうな、それは。心あたりある?」
詩乃は、ふるふると首を振った。
誠治自身が見てない上に、詩乃の記憶も曖昧ならば、どうしようもない。
とりあえずその部分は置いておく方がいいだろう。
誠治は少し戻って考えることにする。
どうやら二人は、ひとつの時間、ひとつの出来事をそれぞれの視点から追体験したらしい。
追体験というのは言葉として正しくないだろうが、もはや状況が超常現象としか言いようがないので、細かいことは置いておく。
今、自分たちがどこも怪我をしておらず、服も汚れたり破れたりしていないことを考えれば、可能性は二つ。
時間が巻き戻り、意識だけ「過ぎ去った未来」から持ち越して来たか。
これから起こる未来の出来事を体験したのか。
詩乃の手が誠治に触れた瞬間にあれが始まったことを考えれば、後者の可能性が高い。
誠治は詩乃を見た。
「あのビジョンは、これからここで起こる出来事を見てたんじゃないかって気がするんだけど、君はどう思う?」
「……多分、そうだと思います。段々、あの扉から悪寒を感じるようになってきましたし」
詩乃は、部屋唯一の扉を見つめる。
「もしかして、どのくらいであのメイドが来るか分かったりする?」
「ええと、ちょっと待って下さい……」
詩乃は目を閉じ、軽く前後に体を揺らし始めた。
「…………いち…………にぃ…………さん………しぃ…………」
詩乃は十一まで数えたところで目を開けた。
「多分、あと十分くらいなんじゃないかと……」
「すごいな、本当に分かるの?!」
「……はい。あ、でも感覚的なものなんで、あくまで大体ですよ?」
「上等だよ。ありがとう」
頭をわしわしやると、詩乃は恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
(やっぱり『星詠み』ってのは、そういう意味だよな)
星……つまり運命の巡り。
未来を詠み、運命を読む者。
味方にすればこんなに心強いものはないが、敵にまわせばこれほど恐ろしいものもないだろう。
(腹に一物持ってる連中からすれば、目障りなこと極まりない、か……)
詩乃が命を狙われるのは、まず間違いなくその力が原因だろう。
つまり、自分たちを召喚したこの国の連中には相当後ろめたいものがある訳だ、と誠治は思った。
それはともかく。
「そんなに時間がないな。脱出路が分からない状態で逃げても、地の利がある相手に追いつかれるのがオチか。それならいっそここで迎え撃った方が……」
頭をフル回転させる。
最優先は、詩乃の生存と逃亡。
そのためには、使えるものは使う。
ただ今度は自分の命も粗末にしないようにしよう、とも思った。
自分が死ねば彼女を守る者は誰もいなくなるのだから。
誠治はもう一度詩乃を見た。
詩乃は目が合うと、恥ずかしそうに視線を逸らした。
二度と、同じ失敗はしない。
誠治と詩乃は、わずかな時間で思いつく限り、できる限りの準備を始める。
間も無くやって来る、その時に向けて。
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