第5話 マウントとれそうです! 後編

 突如として視界を奪った閃光が、ゆっくりと消えていく。同時に取り戻した世界の光景を確認した時、僕の前にはやはり、あのアークゴーレムが立ちはだかっていた。



「グゥオォォォォォォォ————!」

 何度目かの咆哮を全身に受け、武者震いがそれに応える。望むところじゃないか。気合、闘志、根気、やる気、何を指標にしても、この化け物に負ける気は——


「——って、え?」


 ……ちょっと待って。さっきまでの僕に闘志なんて塵一つ分すらなかったんですけど。完全に死ぬと思ってたんですけど。なんなら今言うけどズボンの股下濡れてると思うんですけど。ないよないよ闘志なんて。気合も根気もやる気も同じ意味だし。そもそもここでそんな勇者みたいなセリフ吐くのは、どう考えてもハイムでしょ。というかハイムは? ハイムはどこ?


「ガァァァ!」

「っ! はぁ! ——って、えぇぇぇぇぇぇ!」


 放たれた鉄拳を跳躍してかわし、遥か上空からゴーレムの巨体を見下ろした瞬間、僕は絶叫した。

 この跳躍力。社畜ダメライターの僕が持っているわけがない。この空間把握能力。画面しか見てこなかった僕にあるわけがない。その他諸々、僕にあるわけがない。


『こ……これって……』


 一つの可能性が頭によぎり、僕は全身に触れる。ごつごつした感触は鎧。腰元には白銀の真剣。好青年にしか許されないさらさらした短髪。勝手なイメージは恐らく金髪。なんか人気映画でこんなのあった気がするぞ。この展開は……この展開は……


「僕が……ハイム・ハルベリンなのか?」


 ——瞬間、僕の中に根拠のない自信が生み出される。今の僕はもしかしたら、目の前に立ち塞がる岩壁の巨人が倒せるのではないか。そんな自信が。


「——はぁぁぁ!」


 さらにその自信は、可能性へと昇華する。勢いよく引き抜いた剣の切っ先が空を切り刻み、一陣の波撃となってゴーレムに衝突。右腕を斬り落としたのだ。


「グウゥゥゥォォォォォォォ!」


 予想外の行動に驚き、分離した右腕の切り口を抑えるゴーレム。左足に続いて分離した右腕の激痛は、ようやくゴーレムの表情に苦悶と苦痛を浮かばせることに成功した。

 勝てる。僕は勝てる。何がどうなってこうなったかは全くわからない。だがこの状況における正解だけはわかる。

 僕がやるんだ。僕が戦うんだ。そして


「僕が……お前を倒す!」


 振り切った剣を持ち直し、正面に構え直す。敵の全体像を俯瞰的に把握し、自分の肉体——ハイムの身体に残る魔力、体力から戦闘持続時間を逆算。最適な戦法を導く。


『やつの弱点は額……弱点がわかってるなら、底を貫く一撃だけに全力を注げばいい!』


 道は見えた。あとはその道を踏み外さずに、まっすぐ走り抜く。その先には、勝利があるはずだ。

 歯を食い縛り、なけなしの勇気を振り絞る。ありったけの怒気を眼光に込め、ついに僕は走り出した。

 ——僕の人生最大の決戦が、ここに幕を開けた。


「グゥゥゥゥゥォォォォ————!」


 何度も見過ぎて目に焼きついた鉄槌が、例に漏れず突撃する僕の脳天を狙う。


「————」


 それを拳の風圧、その流れに刃を添えて無理矢理に軌道をずらし、スピードを殺さずして一撃を突破する。


「パワーガルディウム! はぁぁぁ!」


 詠唱し、僕が活字で与えたハイムの得意魔法戦術を使用。細身の体躯からはあり得ない超人的な腕力、脚力を一時的に生み出す。そして気合と共に一閃の斬撃を、股下から切り上げるようにして放った。


「グゥオ⁉」


 痛みは恐らく外皮に防がれただろう。ローゼが切り倒せたのはあくまで外皮の守れない関節部位。他の部分では、人の域を超えた力でも壊しきれないほどの強度を誇る。それがアークゴーレムの身体だ。

 だが問題は、やつの視覚を奪ったことにある。

 ——刹那、僕は踏み込むと同時に力任せの跳躍。左腕を根元から斬り落とし、返す刃で首と頭の付け根を貫突。それを軸にして軌道を真上に変更。抵抗力を大きく失ったゴーレムの頭頂に舞い上がる。

 決着は一瞬。勝負の時は刹那。引導は閃光の如き。


「っ————」


 落下の速度、魔法による火力上昇、僕にはあまりにも不釣り合いすぎる度胸。

 その全てが今、ゴーレムの弱点である額の魔力心臓を、顔面からではなく脳天から一気に、確実に、紫電一閃の刺突が


「グゥ————」


 見事なまでに、貫いた。


  ————————————————


「はぁ……はぁ……」


 肩を揺らして息をする僕の前には、魂の抜けた怨敵の姿。あれだけ苦しめられた怪物の最後がこれとは、ちょっと拍子抜けだ。

 勝った。僕は勝ったんだ。ハイムでは絶対に勝てなかった敵を、僕が倒したんだ。ヤバい。嬉しい。超嬉しい。何この高揚感。すさまじ過ぎて羽が生えそう。今にも飛んでいきそう。


「ぅう……はっ! ハイム逃げ……って倒したの⁉」


 絵に描いたようなタイミングで、ローゼが目を覚ます。これは言葉通り、僕が書いた展開だ。突然の強敵を倒したハイムが、ローゼに言葉をかけるシーン。

 僕がやるんだ。もういい加減理解しろ。今この状況で、この世界の物語を進めることができるのは僕だけだ。一回くらい、一回くらいならいいじゃないか。

 小さく息を吸い、振り向きざまにこう告げる。


「す、すごいだろぉ~? お、俺!」


 これが僕の、人生初のマウントだった。

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