第4話 マウントとれそうです! 前編
生死を懸けた大運動会が行われる中、自分だけに課せられた謎の縛りプレイ『認知なし』を背負い、僕は意志宿る虚像の魔の手から逃げ続ける。まるで配信者に貢ぎ続けるガチファンが言いそうな縛りだが、生憎この世界では配信の概念はない。
「ひいぃぃぃぃぃ————!」
馬のいななきに似た悲鳴を上げ、僕はまたも間一髪で鉄槌をかわした。
恐らくは、まだ走り始めてから数分程度。しかし今の僕にとって、これほど長い数時間は今までに経験したことがなかった。
僕、天木浩平を先頭として、すぐ後ろにアークゴーレム、さらに背後には
「こいつ、走りながら地面を殴ってんのか⁉ もうわけがわかんねぇよ!」
「このままじゃ埒が明かない……仕方ないわね」
えっ? 仕方ない? もしかしてこのまま見捨てるつもり? 僕が見えてないから⁉ なんか走り出してから ⁉ がやけに頭に出現するんだけど⁉ ほら今も出て
きた!
「——アクセラレイト!」
「グウォォ⁉」
その詠唱が鼓膜を揺らし、ゴーレムの足音に消されるその刹那、ローゼの姿が僕の目の前に現れる。同時に背後で凄まじい倒壊の轟音が響き、空気を揺らす唸りと共に、ゴーレムがついに膝を地につけたのだ。
背後を振り向くと、ゴーレムの左足は肉体から切り離されていた。今の僅かな詠唱、間違いない。
これがローゼの得意魔法戦術——アクセラレイト。
全身の身体能力を一瞬にして上昇させ、超加速の中で繰り出す一撃必殺の斬撃。その一閃が今、ゴーレムの固い外皮に刃を差し込み、一気に切り裂いたのだ。
そして間髪入れず、ゴーレムの背中へハイムが刃を突き立てる。
「はぁぁ!」
——大乱戦が、今ここに幕を上げた。
洗練された剣撃が織りなす銀光の火花、強靭たる剛腕が繰り出す必殺の拳撃。同じ「けん」でも、意味合いと戦術は大きく異なる。
理性ある『技』と思考なき『暴力』のぶつかり合い。相反する二つの強大な力が、互いの生命をかけて身を削り合う。
それを僕は口をあんぐりと開けながら、一歩引いた場所で見つめていた。
『よっ、よしよし。この展開は、確か僕が書いたはずだ……』
実を言うと、ハルバード平野におけるアークゴーレムの出現は、僕が作品の中で書いた展開の一つなのだ。
主人公のハイム達は、ここで初めての大型魔獣と対面し、その脅威を理解すると同時に、自身の闘気をさらに高める。キャラの作中での立ち位置と性格を、読者に理解してもらうための展開だ。
だからこの戦いで負けるわけが……ないはずなのだが。
「ぐぅぅ!」
「ハイム! うっ——きゃあぁぁ!」
巨人の放つ正拳突きが直撃し、ハイムの身体が弧を描いて吹き飛ぶ。追撃に放たれた魔力の光矢を受け切ろうとしたローゼだったが、凝縮された殺意の矢を受け切ることは叶わず、その衝撃に押し飛ばされた。
『あれ? なんか劣勢じゃね? これ二人とも勝てるの?』
確かに魔獣の強さを見せつけるため、それなりに苦戦するようなシナリオにはしてある。だがここまでは……というか、このままだと二人負けるぞ。
「があぁぁぁ!」
ハイムに狙いを定めたアークゴーレムは、全身を両腕で引きずりながら接近し、その拳を何度も振り下ろす。鎧が砕け、血反吐を吐き散らし、苦痛の叫び声をあげるハイム。そこには純粋な生への渇望、そして死を間際にした絶望が滲み出ていた。
「僕が来たからだ……」
無意識に言葉が漏れた。
きっとそうだ。そもそもこの世界に僕は存在しない。ハイムとローゼが僕を認知できないのは、キャラクターとして至極当たり前のことなのだ。だから僕が来たせいで、作中でのアークゴーレムの動きが変化。それに伴って、今後の全ての展開が崩れたのだ。
ならどうしてアークゴーレムだけ、僕を認知できるんだ? 魔力のせいか? いやそれなら二人も持っている。それに僕の世界では魔力なんてものは存在しない。ならどうして僕が——
『——因子、か?』
特殊魔法起動装置が言った、謎の言葉。何だ因子って? 僕の身体に何かあるのか? それを魔獣だけが感知できて……そんな設定書いた覚えないぞ。
疑問が疑問を呼び、? の波が思考を覆う。だがそんな中でも、ハイムの絶叫は僕の耳に届いていた。
ローゼに視線を向ける。だが彼女の目は閉じられ、ハイムを助けるどころか、全く動く気配がない。完全に意識を失っている。その眠るような表情の妖艶さが、容姿端麗な顔と見事にマッチし、まるで宗教画のような神々しい美しさを——ってそうじゃないだろ!
「ハイムッッ!」
これだけは迷わなかった。ハイムの元へと駆け出した僕は、必死に彼の名前を叫びながら、アークゴーレムの足元に滑り込む。
視界に飛び込んだ僕に驚き、僅かに動きを止めた巨人。しかしすぐに殺意を拳に宿し、ハイムもろとも僕の身体を砕きにかかる。
負ける。死ぬ。消える。壊れる。崩れる。
死を直前に迫った時の感情は、意外にも冷静だった。破滅に繋がる言葉が無限に反芻してくれるおかげで、状況の把握が簡単にできる。どうやら僕は、予想に反して死を受け入れられる人だったようだ。
僕はこれから死ぬ。自分が生み出したキャラと共に、自分が生み出した世界の中で、自分が生み出した魔獣に殺されるのだ。
最後にハイムのイケメン顔を見たくて、僕は背後に視線を向けた。
「————ぁ」
瞬間、僕の目がハイムの双眸を捉える。
目が合った。確かに目が合った。確実に今、ハイムが僕を認知したのだ。
「だ……誰だ?」
——刹那、突如として眩い閃光が、僕とハイムを包んだ。
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