最終話 意地とプライド 後編 1/3

 ここまでのお話

 二十六歳のサラリーマン、畑中伸一は、ひょんなことから「捨てた人格」につきまとわれることになった。

 そんな日々の中、物捨神社に住む、れん以外の三人がさらわれてしまう。

 助けに突入した「魂の光の会」本部にあった、小林香織の姿に驚く。


**********

-二十時三十三分

-魂の光の会 敷地内


 ゴリアスは二十人近い男たちに囲まれながら、顎を触った。

 突入してから五分と経っていない。

 畑中の加勢に行きたいところだが、さすがにこの人数に同時に襲いかかられては、倒されない自信はない。

 幾人かは武器を持っているのだ。

「どうします? お父様」

 いつの間にかそばに立っていたエミリアが言う。

「そうだなぁ、こちらから警察に通報してしまえば、逮捕はされるが、少なくとも暴行を受けることはないだろうが」

「それだと畑中の応援に行けないわ」

「そんな選択肢はねえよ」

 声が響くと、取り囲む男たちの輪が割れた。

 人影は大小ふたつ。ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「アニキ……こいつら、やっつけて、いい?」

「ああ、好きにしていいんだぞ、今日は」

 大きな方が小さい方を兄と呼ぶ、男ふたり組。どちらも黒いスーツに身を包んでいる。

 この団体の人間ではないのかもしれない。

 そしてエミリアには一見してわかったことがある。

 その立ち姿から、雰囲気から、なんとなくではあるが、それは確信だった。

 小男の方は、超能力者だ。

 この男が、ダウジングを使ったか、その訓練を団体の人間に施したのだ。

 エミリアには、父のつぶやく声が聞こえた。

「ずいぶんレパートリーに富んだ宗教団体だな」

 同感だった。

 だが父の声に応じるより早く、大男が飛び出した。

 大男は勢いよくゴリアスにタックルをしかけたのだ。

 エミリアは驚いた。大男の、体格に似合わない俊敏さに驚いたのではない。彼女の、すぐそばにいた父が、吹き飛ばされたのだ。

「お父様!?」

 ゴリアスの方へ駆け出したが、体が急に重くなった。

 うまく動かない。

 全身が金縛りにあったような不自由さの中、なんとか顔を小男の方に向けた。

 彼は左手をこちらにかざしている。

 直感でわかった。

(……サイコキネシス)

  触れずに物体に干渉する力。

 身動きが取れないわけではないが、かなり動きづらい。

「お前の相手はこっちだ、ビッチ」

 怒りが一瞬で沸騰したのが、自分でもわかった。

 それだけで小男のサイコキネシスを断ち切ったらしい。

 全身を縛っていた力場が消えたのを感じた瞬間に、自由になった体を地にすくめて、一気に伸びる。

 ネコ科の生き物が獲物をしとめる瞬間に似ている。

 距離を詰め、小男の顔めがけて蹴りを放つ。

 しかしもともと距離があったため、余裕をもって躱された。

 小男はさっきまでこちらにかざしていた自分の左手を不思議そうに見ている。

 サイコキネシスを破られるのは初めてらしい。

 激昂はおさまっているが、あえて挑発しておくことにした。

「子どもが使う言葉じゃないわよ? ボク」

「……いい度胸だ」


**********


「な、なんできみが、ここに?」

 俺の質問の後に少しの沈黙を挟み、小林香織が話しだした。

「なんで? と言われても、困ります。私の両親も、祖父母も、この会の人間なんです」

 座っている男が手を少し動かすと、俺の頭を押さえていた手が、離れた。

 頭だけだ。

 手足、背中は相変わらず、強い力で押さえつけられている。

「話くらいはさせてやれ」という意図なのだろう。

 小林香織が続ける。

「神社で、女の子ふたりが相撲を取っていたとき、光が見えたんです」

(相撲……サクラとエミリアの、あのときか!)

 座っている男が言う。

「その光こそ、私たちが追い求めてやまない、魂の光」

(いや……そんないいもんじゃないぞ、多分)

 胸中の反論とは別の言葉を口に出した。

「あれは光と言うより、霧とか煙とか、そういうもんじゃなかったか?」

 さほど意味のあるセリフだとは思わなかったが、口に出したこと自体を後悔はしなかった。

 何か言わないと、呑み込まれる気がしたからだ。

「そうです。人の魂の光とは、そう見えるものなんです。私たちの会でも、そのように説かれています。真に救われた魂は、煙のように、霧のように、漂う僅かな時間で、この世との別れを告げる」

(そんな教えはどうでもいい……いったいどこのどいつだ? そんなはた迷惑な教えで宗教作ったやつは。文句を言わなきゃ気がすまんぞ……いったいどんな経験をすれば……)

 そこまで考えて、言葉が出なくなった。

 記憶の断片の、さらにその残り香のように、微かな記憶が、頭の中を漂っている。

 神社の、漣に読んでもらった、神社の言い伝え。

 無意識に、言葉にしていた。

「……大河原」


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