第10話 力と力 1/3

ここまでのお話

 ゴリアスとエミリアの親子も、畑中の日常に入り込んできた。

 三人を消すのを手伝ってくれる、ということらしいが、今のところ騒がしくなっただけだ。

 そして十一月の最初の日曜日、物捨神社で奉納相撲大会が開かれる。


**********

-十一月 第一水曜日 十九時四十五分

-物捨神社 社務所 一階 食堂


「相撲大会?」

「ええ、今度の日曜日に」

 俺の問いにれんが答える。

「奉納相撲というやつですよ。全国的には珍しいんですけど、市内の神社の持ち回りでやってるんです。今年はうちが会場になるということで」

 エミリアが口を挟む。

「ねぇ、ホーノーって、なに?」

 答えたのはさきだった。

「神様に捧げるの。相撲は元々は神前行事だったのよ。男たちの力比べのお祭りを開いて、神様に見てもらって、喜んでもらうの」

「喜ぶの? 相撲で?」

「らしいわよ」

「相撲でしょ? 咲お姉様は、嬉しい?」

「いや、私は、別に」

「そうよね」

 サクラがエミリアに言い放つ。

「ほっときなさいよ、こっちの神様のことは」

「なによ」

 サクラとエミリアの小競り合いをプライドが笑って見ている。

 俺にはわかる。微笑ましいんじゃない。

 サクラと関わらないで済むのが嬉しいんだ。

 ゴリアスが笑顔で言う。

「エミリアよ、到底理解できんものの中にこそ、相互理解の鍵があるんだよ。それに相撲はいいぞ」

 食堂は広く、七人揃っていても窮屈でない。

「日曜日か、遊びに行こうかな」

 ぽつりと言ってしまった。

 漣が応える。

「ぜひぜひ。よかったら参加してくださいよ。まわしの貸し出しも、着用のサポートもありますよ」

「いやいいですよ。この年で出る人もいないでしょ」

「そうでもないですよ。子どもの部のほかに、男性の部も女性の部もありますので」

 ゴリアスが嬉しそうに話に入る。

「年齢制限はあるのかね?」

「いいえ、でも叔父さんは出ないでくださいよ。体格が違いすぎます」

 漣は笑って制したが、ゴリアスは心底残念そうだった。

 ゴリアス・ヴィクトールはイギリスでは有名なフィットネス・トレーナーらしい。トレーニングや体づくりのレシピ本もいくつか出ているという。

 ゴリアスとエミリアがここで食事をしているのも、「あんな小さなキッチンではまともな食事が作れん。日本にいる間、食材は全員分、すべて私が買うからここで料理と食事をさせてくれ」とのことらしい。

 そして俺がここで同じように食事しているのも、ひとりだけ自室で済まそうとしたら「お前ひとりを除け者にしろというのか! この私に!」と怒鳴り散らされたからだ。

「咲お姉様は出ないの?」

「出ないわよーめんどくさいから」

(せめて、運営側だから忙しいとか言え)

「漣さんは、行司をやらされたりするの?」

 冗談のつもりで言ったのだが、漣が浮かない顔で答える。

「そうなんです。会場になる神社の関係者がやることになっていて。何年か前にやりましたが、結構疲れるんですよね、あれ。神経使いますから」

 咲が口を挟んだ。

「出られないのはもったいないわよね、相撲経験者なのに」

「漣さん、そうなの?」

 反射的に声に出た。

「そうよ。まぁ、私も本当の姉じゃないから、実際は知らないんだけどね、書斎に入ったことあったでしょ? 高校大学の関東地区大会優勝のトロフィー、見なかった? 出たら盛り上がるわよー」

 道理で体格がいいわけだ。

「僕は宮司という立場ですから、出るわけにいきませんよ。その上、相撲の行司までやるんですから」

 サクラが口を挟む。

「相撲に出ないのはいいとしてもさ、行司は、見習いでもよければ、プライドにやらせれば? 疲れないんだし」

「僕ですか?」

 急に話題にのぼり驚くプライド。

「僕は大丈夫ですが、やっていいものなんでしょうか?」

 漣が戸惑いながら言う。

「えっと、問題ないはずです。神社の関係者であれば。じゃあ、プライドさん、お願いしようかな」

 笑顔でうなずくプライドを横目に、咲がタブレットを触りながら言う。

「プライドくんが行司の服を着るのねー。またフォロワー増えちゃうかも」

(そういえば、SNSを使って参拝客を増やす、とか、前に言ってたな)

「咲さん、それ、前に言ってたやつですよね? どうなりました?」

 咲は無言でタブレットの画面を見せてきた。

 フォロワー数を見て、思わず「はぁ!?」と声が出た。

「すごいでしょー、プライドくんとサクラの影響力。エミリアが神社に出入りするようになってから、さらに増えたのよ」

 咲はエミリアとサクラの騒動のあと、ふたりを呼び捨てで呼ぶようになっていた。

 同じ年のころに見える二人がそろうと、どうも年長者意識が出るのだろう。

 それにしても、フォロワー十万人を超える神社アカウントというのは、聞いたことがない。

「そろそろ動画サイトでチャンネル開設して収益化しようかと思ってるのよね」

 タブレットの画面には数秒前に投稿されたという、最新のツイートが出ていた。

『奉納相撲大会、当日はイケメン出仕のキョウジくんが行司を務めます』

「ちょっと待て、キョウジくんってなんだ」

「あ、僕の名前です」

 プライドが答える。

(だろうな)

「いえ、それがね、名前だの、どこに住んでいるのかだの、いろいろ聞かれるので、野々宮キョウジと名乗っています。ここでお世話になっている、漣さんの遠い親戚ということにしています」

(プライドが矜持でキョウジか)

「あたしも野々宮サクラでやってるよー」

 サクラが続いた。


**********

-二十時十分

-社務所 浴室


 まとまった来客があっても対応できるように、物捨神社の浴室はかなり広く作られている。

 浴場と呼んだ方がふさわしい広さだ。

 大人五人程度なら、窮屈な思いをすることもない。

 今はその浴室に、咲とサクラ、エミリアの声が響く。

「あんたさ、漣さんに言わないの?」

 サクラの質問にエミリアが質問で返す。

「言うってなにをよ」

「好きって」

「バカ言わないでよぉぉぉぉぉぉ!!!! 外に聞こえるでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「外に聞こえるわよ、エミリア」

 咲は冷静に続ける。

「あと、こういう話なんて、ここでしかできないわよ」

「そ、それはそうですけど……サクラまでいるとこで、なんて」

「しょうがないでしょ、このお風呂、みんな使うんだから。いっぺんに入れる人は入らないと」

「咲お姉様は良いとしても」

 エミリアは視線を咲からサクラに移す。

「あんたとプライドはお風呂なんか入らなくていいでしょ」

「うっさいわね、汗はかかなくても、ホコリとか結構つくのよ」

「あとは、気分の問題ね。単純に、入りたいわ」

「そうそう、咲ねえ! わかるー」

「くっ……」

「で、どうするの? エミリア。ビザなしの滞在は確か3ヶ月よ」

 咲が話題を戻してくる。

「ど、どうって……そんなの……」

「まぁ、あれはかっこよかったわよ、正直ね」

 サクラに「あれ」と言われて、エミリアは思い出す。


**********


「だったら捨てろ! あとはなんとかしてやる! 任せろ!! だから……捨てるんだ! お前が! 今なら……ここならできる!」


**********


 なんとかしてくれるんだ、と思った。

 野々宮漣のことを、なんとかしてくれる人だと思ったら、意識するようになっていた。

 サクラが事も無げに言う。

「いいじゃん、人間同士なんだから、くっついちゃえば」

「な! なにをいきなり不潔なことを言ってんのよ! あんたは!」

「不潔なのはあんたの頭の中身でしょうが」

 呆れたサクラに咲が続く。

「まぁ順番なんか人それぞれよ。でも、あなたのおじいちゃんとおばあちゃんも国際結婚なんでしょ? 大したハードルじゃないわよ。いとこ同士は結婚できるんだし」

「そ、そんなこと、まだ具体的には」

 じれったくなったのか、サクラがやや大袈裟に声をあげた。

「まー向こうの気持ちもあるしねー」

「そ、そうよ」

「やっぱり漣さんってさ、咲姉さきねえに甘えてたとこもあるし、年上が好きなんじゃない?」

「そ、そういうもの……?」

「サクラ、意地悪するんじゃないの。大丈夫よ、あいつ、頼られるの嫌いじゃないから」

「そうなんだ……」

 少し黙って、再びエミリアが言う。

「あ、でもお父様が」

「なに?」

「えっと、『この俺を倒せる男でないと、お前のパートナーとして認めんぞ』って、しょっちゅう言ってる」

「へー」

「へー」

 咲とサクラが目を合わせて、同時に言う。

「ちょうどいいじゃん」

「ちょうどいいじゃん」

「えっ?」


**********

-二十時四十分

-社務所 玄関


 風呂まで世話になる理由がないので、帰ることにした。

 ゴリアスはここの風呂を使うらしい。

 俺には、ゴリアスの体のサイズでは狭すぎる風呂でちょうどいい。

「それじゃ、俺は帰るから」

 プライドが見送りに立ってくれた。

「あ、そうだ、ご主人」

「ん? がぁぁぁぁぁぁぁ! いきなり抜くな!」

 今回は両手だった。

「ごめんなさい、しばらく抜いてなかったので、たまってたんじゃないかと」

(やめろその言い方)

「そうか……それ、人が見てるとこで食うなよ」

「はい」

 両手に小さなプライドをつかんだまま、笑顔で別れた。

 玄関が閉まって間もなく、サクラが現れた。

「これでいいんですか?」

「悪いわね」


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