第9話 サクラとエミリア 1/3

これまでのお話  

 エミリアの攻撃によって、サクラの体が崩れていく。人ならざるモノに訪れる終わり。

**********


 サクラの右腕は、肘と手首の間あたりを切断されていた。

 ドッ切り離された部位が、床に落ちた。

 血の一滴も出れば、現実味があったのかもしれない。

 血も温度もないそれは、本体から離れると、大きな粘土の塊のようにさえ見えた。しかし、そう見えたのもつかの間で、切られた腕は形を失い、床の上で、霧散した。

(き、消えた……?)

 呆気にとられていたのは一瞬だっただろうか。

 あわててサクラを見る。

 聖女のナイフが突き立てられた、サクラの胸の中央から、霧のようなものが立ち上っている。

 徐々にナイフが深く、胸の中に入って行く。ナイフが体を崩壊させ、ナイフの重みでさらに深く入っているのだ。

「あ……ぁ…………」

 サクラの顔からみるみる生気が失われていく。

 苦悶の表情で、口を開き、目は虚空を見ていたが、すぐに白目に変わったサクラが残った左手で、ナイフを握る。

 抜こうとしているのだ。だが、そのナイフを握る指からも、やはり『霧』が出てきた。

(まずい!)

 飛び出した。

 椅子を倒したかもしれないが、気にしていられない。

 しかし俺より先にプライドとさきが、サクラに駆け寄ろうとした。

「ダメだッ!!!」

 ふたりの動きがビタッと止まる。

 ふたりの間を通り、サクラの前に立った。

 サクラの指をナイフから引き剥がし、胸からナイフを抜いた。

 ナイフと、それが乗る俺の手のひらをみつめる。

(俺の手からは何も出てこない。こいつらが触っちゃいけないものでできてるんだ……)

 カランッ

 ナイフを投げ捨て、サクラを見た。

 先ほどまで出ていた『霧』は、もう出ていないが、彼女の苦悶の表情は変わらない。

 膝から崩れ落ちるサクラの肩を、慌てて抱いた。

 膝をつき、サクラを支えるが、それしかできない。

 プライドと咲も駆け寄ってきた。サクラは、声も出せず、ガクガクと痙攣している。

 横からエミリアの声が飛ぶ。

「そっちの男も悪魔だったのね」

 ふたりにナイフを触らせまいとする俺の言葉で悟ったのだろう。

 小刻みに震えるサクラの肩を抱く。

 否応なく、直感した。

(このままだと、終わる。終わってしまう)

「ナイフについてはいい判断よ。咄嗟に、すごいわ」

(何ができる?)

「でも、もうどうしようもないわよ」

(今できることはなんだ?)

「切られた傷を治すことなんてできないの。人間じゃないんだからね」

 脳裏に、サクラの腕が床で霧散する映像がよみがえる。

「人間の体じゃないんだから、粘土みたいにくっつければ直ったりしてね。くっつけるものなんかあれば、だけど……フフッ」

 ダッ!

 エミリアに向かって駆け出した。

 いや、膝をついていたので、低い姿勢からの突進だった。

 背後で、俺の代わりに咲がサクラを支えた。

「きゃっ」

 エミリアが短い悲鳴を上げた。

 そのまま彼女を突き倒し、馬乗りの姿勢になった。

「やってくれたな……このクソガキ」

 股でエミリアの腹部を押さえ、両手は膝と床で挟み込み、憎しみをたっぷり込めて、見下ろして言う。

「くっ……どきなさい平民! いや下民!」

「どくわけねえだろ……あーあ、いい女をやっちまいやがって。しょーがねえ、今から腹いせにお前を××す!」

「ッ?!」

 エミリアの顔が嫌悪と拒絶に歪んだ。

「貴様ァァァァ!!」

 ゴリアスの怒号が背後から響く。

 ダイニングテーブルをはねのけ、こちらにまっすぐ突進してきたのが、気配でわかる。

 豪腕を俺に向かって振り下ろすのが視界に入った。

 しかしそれを、れんが体で止めた。力と力が激しくぶつかり合っている。

「待ってください! 叔父さん!」

「どけぇぇぇぇ! 漣! 承知せんぞ!!」

「く……どきません!」

「ぐ………ッ! なぜ止めるんだ!?」

 ゴリアスは漣と掴み合い、膠着状態になった。

(……助かった。ありがとう、漣さん)

「残念だったなぁ、お父様の助けはないってよ」

「どきなさいよぉぉ!!!」

「生意気なこと言ってんじゃねえぞクソアマ。いいから大人しくしてろ、これから気持ちよくしてやるよ」

「はぁ!? あんたに何ができるっていうのよ、笑わせるわね」

「てめえどうせ××だろ? いろいろ教えてやるよ……女なんてのはな、×××××を××ながら××の××を××で××れば一瞬だろ」

 エミリアの表情が一層、こわばる。

 股の下で必死に抵抗するが、俺をはねのけることはできない。

「女を××せるのなんざ簡単なんだよ。すぐに俺の×××の×××にしてやるよ。××ただけで××を×くのが止まらなくしてやるよ」

「イヤァァァァァァ!! こいつ絶対ヘタクソだわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「いいぞ! やれ!」

「はい!」

「オッケー!」

 俺の合図にプライドと咲が同時に応え、後ろから俺に駆け寄る。

 ドスッ

 間を置かず、ふたりの手が背中から体に入ってきた。

「ぐ………ッ」

(いっ……てぇ)

 ふたりはすぐさま俺の体から手を引き抜き、振り向き、今度は床に倒れているサクラに飛びついた。

 エミリアにはもう用がないので、立ち上がる。

 エミリアとゴリアスは呆然としている。何が起こっているのかわからないだろう。

 プライドと咲、それぞれが片手に持った小さなサクラを、サクラの体に押しつけだ。

 プライドは右腕の断面に。咲は胸に開いた大きな傷口に。

 サクラの顔から、苦しげな色が消えた。

(食わなくてもいいのか……そうか、引き抜いたものは押し込めばいいんだな……)

 疲労がどっと押し寄せ、尻餅をつくように座り込んでしまった。

 サクラをじっと見た。

 いつの間にか、ナイフを深く差し込まれた胸と、切り落とされた腕が、元通りになっていた。

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