第3話 畑中とA子 1/2
神社からの帰り道、プライドが口を開いた。
「いやー、面白い人たちでしたね」
心底楽しそうな口調だった。
(こいつ、さっきまでの話をどう考えてるんだ?)
**********
ー七分前
ー物捨神社 社務所 応接室
「結局さー」
口についた血を拭いながら、野々宮
「
(そういうことになるよな)
「で、畑中っちはつきまとわれるのは迷惑だから、なんとかしたいわけよね」
「そっすね。あ、でも」
「?」
「このまま、プライドだけじゃなくて、いろんなものを捨てていったら、俺も消えちゃうわけ?」
「あー、どうかしらね。漣みたいに、捨てたものが増えないパターンもあるしね」
「そうです。言い伝えられているケースでは」
漣も加わった。
「消えていなくなったのは二件。名前も残っています。どちらも大河原という姓ですね。血縁関係ですかね? いずれにしても、消えるのはごく特殊なケースと言えるかもしれません」
(あれ? そういえば……)
「漣さんと咲さんは、今の形になってどれくらいなんですか?」
「漣の修行中からよね」
「私は十八で修行を始めて、姉が出てきたのはそれから間もなくでした。ですから、約八年」
「じゃあ、今二十六? 同い年だ」
「そうでしたか!」
「それがどうだってのよ。ほんと男って意味わかんないわ」
(こわ……話題変えよう)
「咲さんが出てきたときのこと、覚えてますか?」
「ええ、なんとなくですが。この神社の宮司になるためには特に厳しい修行がひとつあって、やり遂げることができずにいたんです。『この神社の後継者として、しっかりお勤めしなければ。そのために、甘えを捨てなくては』と、そう思っていたら、目の前に現れた姉に顔を蹴られました」
「気づいたときにはいたのか……」
(プライドが部屋に来たのは今朝だけど、神社の前で倒れたときには、すでに俺の中から出てきてたのかもしれないな……じゃあ、漣さんも、もしかして)
「そのときに、気を失うようなことは、なかったですか?」
「どうでしょう……瞑想中でしたから」
「あんた瞑想中に雑念が多いのよ」
(半分気を失ってるようなものか?)
「畑中っち、そんなこと訊くなんて、もしかして、捨てたときに気を失ったの?」
「あ、そうなんですよ。昨日の夜、たまたまここを通ったときに、この神社の入り口で、フッと。ほんの数分だったみたいですけどね」
漣が深く考えるように黙り込み、顔を上げて口を開いた。
「少し時間をいただけますか? 改めて、この神社について調べ尽くしたいと思います。なにかいい方法があるかもしれません」
「本当ですか? ありがとうございます」
「なにあんた? 今さらあたしを消したいの?」
嬉しそうに咲が漣を見た。
**********
ー現在
歩きながらプライドに言葉を投げる。
「とりあえずお前の住む場所なんだよな、問題は」
「今の部屋でいいじゃないですか」
「よくねえよ、単身者用なんだから」
言いながら、歩きながら、ポケットからスマホを取り出した。
画面の時計は十時過ぎを示していた。
(さて、今からどうするかな……昼飯は、いらんな。あんなもん見たあとじゃ)
小さな巫女が大きな巫女に食べられるシーンがフラッシュバックした。
「お前は、飯とかいらないんだよな」
「ええ、いらないですよ。よくわかりましたね。朝コーヒーごちそうになったのに」
「野々宮咲は十六歳プラス八年経ってるようには見えなかったからな。八年間あのままなんだろ」
捨てられた存在は老化しない。老化しないなら、代謝もしない。
つまり栄養はいらない、となるはずだ。
「お前がコーヒー飲んだのは、ただのポーズってことか?」
「そうですね、飲んでも飲まなくても、同じです。飲食にはなんの意味もないです」
「なるほどね」
プライドと二人並んで歩いていると、すれ違う女たちの視線がプライドに集まっているのがよくわかる。
(別に、どこに行く用事もないし、こいつを連れて歩くのは嫌だな。すげー不快だわ)
「あれ? ご主人? なんか、匂いが」
「なんだ? なんもしないけど」
「プライド出てきてません?」
「匂いすんのかよ、それ」
「やっときますか? 今から」
「握って抜く動作しながら言うな」
(もうほんとやだ)
「いったん家帰るけど、どうする?」
「もちろんご一緒します。やっぱり家で落ち着いてやる方がいいですよね」
「合ってるけどやめろ」
(大家に見つかったらどうすればいいんだ)
**********
-ハイツ・ハイライト前
「畑中さん、こんにちは、おともだちですか?」
(見つかった)
「いや、義理の弟です。妹の結婚相手の弟で」
妹なんかいないが、言い訳、用意しといてよかった。
小林 香織。大家の娘。
アパートのとなりにある大家の家に住む。
大学が休みの日で暇なときは、今日のようにアパートの周りの掃除などをしている。
「で、なんか家出してきたみたいなんですけど、何日か泊めてやってもいいですか?」
「もちろん大丈夫ですよ。大丈夫ですけど、寝る場所足りますか?」
「あ、ほんとだ。布団ないわ」
一人用ベッドがあるだけでソファも置いていない。
床に敷く布団もない。
「うちの来客用ので良かったらお貸ししますよ?」
(うわー、この子すごい良い子だ。さっきからプライドの方をほとんど見ずに俺としゃべってくれてる。道行く女どもとは大違いだー)
「ほんとにいいの?」
「ええ、もちろん。今から、うちの玄関に出しとくので、十五分後くらいに来てください」
「助かります。ありがとう」
「ありがとうございます」
プライドも頭を下げた。
「いえ、いいんですよー」
「それじゃ、あとで」
プライドと二人、小林香織に見送られながら、階段をのぼっていく。
彼女は何か考え事でもしているらしく、こちらをぼんやりと見ていた。
彼らが連れ立って部屋に入っていく姿を見ると、急に思考が高回転を始めた。
(……畑中さんと義理の、弟さん? ……あ、そうだ、布団出さなきゃ。寝る場所の確保もせずに……押し掛けて、それを受け入れて。やだ……あたしったら、こんな昼間から捗ることを考えちゃって……)
「いだだだだだだだっ!! ちょ! ゆっくり入れて!!」
「窓開いてますよ」
(い、いまの声!? ……お、落ち着くのよ……おばあちゃんに教えてもらったおまじない……『我を助けよ!光よ甦れ!』)
**********
-ハイツ・ハイライト二〇五
「あー、痛かった。お前それ食うのいいけど、見えないとこでやってくれ」
「はーい」
(何にしても、こいつを部屋に置かせてもらえるのは、かなりありがたい。飯はいらない。じゃあ歯も磨かないし、風呂も入らない。汗もかかないよな、代謝しないんだから。ってことは着替えもいらないのか。特に必要なものはないってことか)
「あれ? じゃあお前寝なくていいんじゃないの?」
「それは嫌です」
「なんだよ嫌って」
「コーヒーと一緒です。飲もうと思えば飲めます。寝ようと思えば寝れるんです。ご主人は寝るでしょ? 寝てる間なにもすることなくてここでじっとしてるくらいなら、寝たいです」
「まぁ、わかるけど」
(わかるっちゃわかるが、今日寝る場所はいいとして、明日は日曜日か。こいつがいたら何もできないな)
「そうだお前、月曜日からどうするんだ?」
「どうとは?」
「いや、俺が会社行ってる間なにするんだよ」
「基本的にそばについてますよ」
「つかないこともできるんだな?」
「ご主人がそう命じれば、可能だと思います。嫌ですけど」
「よし、ついてくるな。合鍵は渡すから、必要なときに使ってくれ」
「わかりました」
プライドがあっさりと引き下がった。
(よし。とりあえず、今はそうしておくことが最善だ)
「ご主人、布団はどうします? 僕が行きましょうか?」
「いや、いいよ、俺が行く」
「優しいですねー」
「そんなんじゃねえ。大家さんがいたら、俺から話しとかなきゃダメだからな」
(はぁ)
コーヒーを飲んでひと息つきたい気分だった。
**********
-十分後
-ハイツ・ハイライト 大家宅
「あ、畑中さん……お、お布団は、これです! こ、これ使ってください……これを使って……使うんですよね……」
「え、はい……い、いいんだよね?」
「……はい」
布団を抱えて歩いていく畑中の背中を見送る。
変化のない日常に光が射した気がした。
つづく
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