失恋
みず
失恋
私は恋ばかりしてきた。
絶対に叶いそうにない、バカにされ笑われるような恋ばかりしてきた。
でも私は全くふざけてなどいない。
私の初恋はコンビニの前にいた黒猫だった。
猫に恋した時は自分でもびっくりしたが、目が合った時になぜか心打たれてしまったのだ。仕方ない。
その猫のために毎日コンビニに通って餌をあげていたら、コンビニの店員に注意されてしまい、次の日来たらその猫は居なくなっていた。という風に私の初恋は呆気なく終わった。
ちなみにその猫の性別もちゃんとわからなかったので、もしかしたら「彼女」と称すべきかもしれないが、まあいまは「彼」と呼ばせて欲しい。
彼と会えなくなったことは私にとってかなりショックだった。似たような猫を見かける度に彼を思い出し、泣いていたほどだ。
しかし、その失恋の胸の痛みを感じる度に彼とあっていた時よりも「彼に恋していた」という自覚は深まっていた。
次の恋はその猫に会えなくなって2週間後の事だった。
電車で前に座ってきた同い年ぐらいの高校生だ。
彼は単語帳を開いていた。そしてふとため息をつき、単語帳を閉じて小説を開いた。その時の疲れたような、飽きたような、なんとも言えない伏せた目に私は恋に落ちた。これも、なぜか心打たれたのだ。仕方ない。
もしかしたら、その目は少し例の猫の彼に似ていたからかもしれない。ま、理由なんかつけた所で後付けだから明確ではない。
私は気持ち悪がられない程度に彼のことをチラチラとずっと見ていたが、彼は私の最寄りの2個手前の駅で降り、そしてもう見かけることは無かった。
私は二度目の失恋を経験した。
しかし、その後ももしかしたら、と思って電車の中を彼が居ないか確かめる時間が好きだった。あぁ私は名前も知らない彼にまだ恋しているのだ、と思えるから。
私は相手がいなくなってから、恋している と思うことが出来るのだ。
恋とは、相手がいない時にこそ気づく感情だ。
それからは、猫の彼と電車の彼のことばかり考えていた。
私のつまらない惰性の毎日に、突然ニュースが舞い込んでくる。クラスメイトの男の子が名前も覚えられないような難しい漢字の病気で亡くなってしまったらしい。
私は、彼らのことで頭がいっぱいだったから気づかなかったが、数ヶ月前から入院やら検査やらで学校を休んでいたらしかった。
ある日、手紙が届いた。
手紙の主はどうやら、私が最近気になっている亡くなってしまったあの彼からのようだった。
端の折れた紙で少し汚い字でそこにはこう綴られていた。
僕が死んだら、君にこれを届けてほしいって友達に頼んだんだ。突然こんな手紙が届いて気持ち悪いし、怖いだろうけど、幽霊なんか絶対にありえないから、怖がらないでくれ。死んだら絶対に元に戻らない。魂なんか、僕は信じてないんだ。
死んだ人間からの手紙なんて重たいもの、君に送り付けるのは一種の暴力なんじゃないかって悩んだんだけど、僕死んじゃうし、それに免じて許してほしいなあ。
僕たちが初めて話した時のこと覚えてる?
君は覚えてないだろうけど、僕はちゃんと覚えてるんだ。君は駅前のコンビニの前で少し薄汚れた猫のことをずっと見てた。やけにその見方に、なんというか、熱が籠っていたものだから、僕は気になって君に声をかけたんだ。「その猫、どうかしたの?」って。
君は僕が視界にも入ってなかったみたいだから、声をかけられたことにすっかり驚いてから、「彼の言ってることがわからないの」と言った。
僕はほんとに驚いたんだよ。まず、猫のことを彼って代名詞で呼んでるのだと気づくのに10秒は要した。
僕がそんなふうにボサっとしてる間に君はまた猫を見つめ出しちゃうし。
僕から言わせてみれば、君の言ってる事の方がわからないよと言いたかったけれど、僕はその後その場所を立ち去った。
その日はちょっと疲れる検査の帰りだったんだけど、その時君と話してから僕はすこし疲れが和らいだんだ。
君とは同じクラスだったけど、僕は入院ばかりしていたし、君は僕のフルネームも言えないんじゃないか?
まあ、僕が病気なんかじゃなくても、君は窓の外のカラスとか電線とかを見ている人だったから、どっちにしろ僕のことは覚えてないかもしれないけれど。
僕には恋なんて縁遠いものだと思ってた。
でも今思えば、なんでそんなこと思ったんだろう。
恋なんて、病室でずっと眠ってるだけでもできる。
窓さえあればいい。目さえあれば、耳さえあれば、僕はなんにでも恋なんかできたんだ。
でも僕は君を選んだんだよ。気持ち悪い言い回しばかりしてすまない。でもさっきから言うように、僕死んじゃうから許してよ。
僕は君が好きだったんだ。1回しか話したことはないけれど、会った回数もほんとにわずかだけれど。
じゃあ、もしまた会えるとしたら、生まれ変わりとか幽霊とかになっちゃうなあ。
僕はさっき幽霊なんか絶対にありえないって言ったけれど、訂正するよ。僕は信じることにする。
僕のために。
それじゃ、またどこかで。
私は読み終わったあと、気づいてしまった。
あまりに不謹慎で声に出すのも嫌になるけれど、このとき私は彼に恋をした。彼の言葉に、彼がいたという事実そのものに恋をしてしまった。
私は彼の顔ですらはっきり覚えていないけれど。
それでいいのだ、と思う。
だって彼も私のことを詳しく知らない。
彼はもう居ないけれど、彼がもう居ないからこそ、
私は今彼に恋をしている。
そして彼は私のことを好いていると言った。
私の恋は実っている。
そして、彼は二度と戻ってはこない。つまり、終わることがないのか、この恋は。
私の恋は、私の恋とは、それが叶わないところにこそあった。それが実らないところにこそあった。
では、実ってしまったこの恋は。
私の恋は失われたのだろう。
これは失恋だ。
誰にも伝わらないだろうけれど、これは失恋のお話だ。
失恋 みず @hanabi__
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