週休七日のTS共同生活
手羽先狐
1. TS同居生活の始まり ①
1
見た目麗しき美女美少女たち6人が、同じ食卓を囲っている。その中で、俺はもくもくと飯を食らっていた。白米にお味噌汁、おかずは目玉焼きとベーコンにカット野菜。ザ朝食といった感じだ。俺は他の人の会話を聞きながら、黙々と食べ続けた。
寂しい人間なのは否定しない。友達なんていないからな。でもこんな状況に陥ったら、賭けてもいいが誰だって言葉くらい失う。それでも果敢に会話に飛び込んでいけるヤツは精神構造を疑う。
「おんし、また料理の腕を上げたか?」
「おうよ!」
「卵が普段よりも高価なだけでは?」
「そんなワケねぇ! 冷蔵庫見てみな。そっちがその気なら賭けてもいいぜ」
「遠慮しておきます」
昨日知り合ったばかりの大家が新しい話題の火ぶたを切り、名の知らぬ二人がそこに参戦する。俺がわかるのは、彼女らはここの住人ということだけで、それ以外の情報は持ち合わせていない。
どうしてこうなっているのか、ハッキリ言って何もわからない。共同生活とだと言うからには、寝食を共にすること自体に文句はない。全員が全員、やたらと容姿がいいということも天文学的な確率で起こりえるだろう。
問題はそこじゃない。
――この美少女6人の中に何故俺が含まれているのか。それが問題だった。
目が覚めたら美少女になっていたなんて、アニメや漫画じゃあるまいし、どうしてこんなことに。しかも俺は特別な人間じゃない、いたって普通の人間だ。学歴も特技も趣味も平凡で、極めつけは職歴なしの一生独身男性28歳ニート。そんなヤツがこうなるなんて、微塵も考えやしなかった。
味覚が起きていていないのか朝食の味をまるで感じない中、俺はこうなるに至った原因がないかと、昨日からの行動を思い返していった。
2
俺の人生に特筆すべき部分は、ある一点を除いて存在しないと断言できる。世間からすればそれは大が何個もつくほどの問題であるが、俺に言わせればそこまでのことではない。
都会の家庭に生まれ、公立の小中高を卒業。大学全入時代と呼ばれて久しく、俺も例に漏れず大学へと進学した。と言っても、別に有名な大学でも、特段打ち込みたい学問があったわけではない。本当に流されるままだったので、今ではもう学部名はおろか大学名すら覚えてるか怪しいところだ。
ともかく、その程度の考えだったので当然やる気など出るはずもなく、浪人こそしなかったものの卒業課題をサボって2回留年。卒業後、働くのも面倒になって、就職難を偽り実家の自室に引きこもり始めた。お金はないものの、飯はタダだしネットも出来るわででそれなりに充実した日々を過ごすことができた。
しかしそれが3年も続くと流石に嘘もばれ、ついに両親の堪忍袋の緒が切れた。なんら前触れもなく足立区の賃貸に押し込まれた挙句、手切れ金として6か月分の家賃と生活費を渡され、この広すぎる社会に放流されることに。最後まで俺に優しかった両親が、去る前に苦い顔で「働け」と告げたことは生涯忘れないだろう。
そう、特筆すべきことはまさにこれ。家事、通学、就業をせず、職業訓練も受けていない者である俺は日本国においてこう定義されている。
――ニートと。
そして現在、この足立区に越してきてから丁度6か月が経つ。ここまでくれば一般的な社会貢献の精神に照らし合わせると、どうにかして働き口を見つけて自立していくのだろう。きっと両親もそれを願っていたに違いない。実際俺自身も今回は逃げられないと感じていた。
だがこれが実に不思議なもので、結局働きたくない思いは変わらず、俺は職探しどころか生活態度を改めることすらしていなかった。となれば必然的に、金がない俺はここを去らなければならなかった。
キャリーケースの荷物を少なくするために、よれよれの黒ジャンパーを羽織りファスナーを上げた。
9月の終わり、暦上季節はもう秋だというのに夏かという暑さだったので、あっという間にシャツが汗で濡れる。比較的涼しい屋内でこれなら、後で水でも買わないと脱水症状でも起こしかねない。
俺は日用品を詰めた重たいリュックを背負ったまま、キャリーケース持ち上げて玄関に出すと意味もなく室内を見渡した。多くのものを売り、捨て、すっからかんとなったこの部屋は、見た目は入居時と同じはずなのにまるで別物のようだった。たった半年、されど半年。それは俺がこの部屋に少なからず愛着を抱いていたということに他ならない。仕方なく入居したというのに、なんとも不思議な気持ちにさせられた。
それから退去立ち合いの人に鍵を渡すと、振り返ることもせず駅へと向っていった。
都心へ向かう電車で座ることができ、ほっと一息つく。もやしの俺にとって、正直この荷物は重たい。スマートフォンを売る代わりに手元に残しておいた腕時計は午前11時を指していた。約束の17時にはまだまだ十分な余裕がある。
俺は折りたたんだ2枚の紙を、リュックのポケットから取り出す。1枚目はこれから向かうアパートの案内チラシで、もう1枚はそこまでの経路表と地図をまとめて印刷したものだ。経路表の方は、次の乗り換えだけ確認しジャンパーのポケットにしまった。
次はアパートの案内チラシだが、開く前に内容を思い出してしまい手つきが重くなる。これを信じた己の軽率さを恨むことになるし、毒々しすぎて目が痛くなるからだ。現実を認識するという意味では、これ以上のものはない。やがて開かれると、やっぱり溜息を一つ零した。
ギザギザの吹き出しに、虹色の文字で家賃とルームシェアの文字が描かれている。おまけに吹き出しの背景が赤の原色のせいか非常に見にくい。何度見ても、逆に新鮮な気持ちにさせられる。
それに、
「怪しいったらありゃしないな」
紙面もさることながら、内容も非常に怪しい。
大き目に共同生活ルームシェアと書かれているこのチラシは、月見荘というアパートの広告だった。アパート名、間取りと家賃、そして広告文と連絡先と、いたって普通の内容が記載されているように見えるが、よく見ていくとそれぞれの要素がどうにもおかしい。
まず間取りに家賃だ。共同での生活環境を提供してるだけあって、2ルームとキッチンの3部屋に加え風呂トイレが別と、かなりゆったりとした間取りだ。にも関わらずこれが敷金礼金なしの1人頭1万円というのは、知識なしのニートでも流石に破格を通り越して異常だということは理解できた。いくら築50を超えて同居人が選べないと言っても、これだけの安さで部屋に住めるなんていったいどこの異世界にあるのだという話だ。
次に広告文に「ニート・無職の方大歓迎」とあることだ。1ヶ月前に電話をかけた当時は、もうここしかないと思わせるほどの魅力に溢れていた文章も、今となっては悪魔の甘言にしか見えない。よほどの金持ちで道楽として経営しているのか、それとも支援するつもりなのかは謎。どちらにせよ狂っているし、そんな連中を歓迎してもわずかな家賃ですら踏み倒されるのが目に見えている。
最後は連絡先。記載されている住所には確かにアパートが存在しているし、電話番号も実在する。しかし、月見荘に関する情報は間取りから何まで、インターネット上には一切存在しない。このインターネット社会においてそれはあまりにも不気味すぎた。
俺の推理はこうだ。
大家は何かヤバい裏社会の仕事をしていて、人手を揃えるため居なくなっても気付かれにくい表社会との繋がりが薄い無職やニートを集めている。さらに見つかり辛くするため、わずかなチラシのみで募集して門戸を狭めていた。共同生活なのは、それだけ人が必要か、入れ替わりが激しいからだろう。
人通り脳内で締めくくったら、月見荘のチラシを折り曲げて、こちらはリュックに仕舞った。そして溜息をついて、頭を車窓へと預けた。
……流石に妄想が過ぎるか。
大家に電話をした限りでは、不気味な雰囲気も、怪しい受け答えもなかったし、詐欺かと思う適当な敬語に論調でもなかった。実際は女の人の声で、やたらとステレオタイプな爺さんの喋り方をし、好意的な声色をしていた。自立支援をしていると言われても、信じてしまいそうなほどだった。
だが真相は行ってみるまで分からない。最初だけ優しいなんてよくある話だ。
大家の二つ返事で入居が決まってから1か月と長い期間があり、その間に怪しさに気が付く場面は何度もあった。時が経てば経つほど不安は募るばかりで、取りやめようかとも考えた。それでも結局月見荘へと向かっているのは、ホームレスにならない道があるならそうしたいし、ニートへの希望が捨てきれないからで、実のところ選択肢はなかった。
目指すは
溺れる者は藁をもつかむというが、藁ほどつかむ部分があるならまだマシなのだろう。
3
リュックをなけなしの金と引き換えに得た水を、体が満足するまで喉へ流し込んむ。やっぱり外は猛暑が残っており、途中で水を買ってしまった。蓋を閉めてほっと一息つくと、後ろの塀へと背中を預けた。
東京から埼玉へ、埼玉の東南から北西へと移動してきた。たどり着いた渋宮町は、都会に慣れた俺からしたら驚くほど閑散としている。駅は小さいし、車もそこまで走ってないし、人通りも多くない。けれど俺にとってはそれが心地よく、熱さを除けば月見荘のある離れまで気持ちよく歩いてこれた。
とはいえ流石に早く着き過ぎた。ようやく約束の17時になろうとしているのに、こうして塀にもたれたり屈伸をして過ごしている時間は実に1時間半にものぼり、大家と対面する前にもうへとへとだった。背の塀の向こう側は、俺が入居する予定の月見荘。こんなにも近いのに、物音は一切聞こえない。一体住人はどういう生活を送っているのだろう。まさか本当に、裏社会の闇仕事に飲まれて消えているのか。そう思うと肉体の疲れに、緊張も加えられて、さらに息が詰まった。
はぁ、と溜息をつく。選択肢もないのにこんなこと考えても仕方がない。もともと、まともな生活など期待していなかった。本当に闇に消えることになっても、俺の人生の結末としては納得のいくものだ。
気晴らしに背伸びをすると、普段の運動不足と相まってボキボキと骨のなる音が響く。鎖骨と肩甲骨が持ち上げられて姿勢が正されると、なんとも言えない気持ちよさを感じた。
すると、タイヤが走る音とともに、スマートフォンを片手に歩いている小柄の男が目に入ってきた。男は少しあぶらの乗った髪を七三に分け、無精ひげを生やし、黒ぶちの眼鏡を身に着けている。身なりは気にしないタイプなのか、俺と同様に安い服を適当に揃えたといった具合だった。年齢も高そうだ。男は俺なんか気にかけず、ずっとスマホのディスプレイのみを見つめていた。
人は見かけで判断できるものではない、というのは重々承知しているが、身なりは人を表すというのもまた事実。第一印象は典型的な根暗だった。心なしか、男の周りだけ空気がどんよりしているようにも感じる。
この末期めいた雰囲気。俺にはわかる。おそらくこの人が俺とルームシェアする人だ。察しの悪い自覚でも、これだけの荷物を持ち自分と同じ空気を漂わせていたら嫌でもわかる。どれほどの期間を共に過ごせるのかわからないが、ここは先に挨拶をしておくと良好な関係が築けるかもしれない。何事も最初が肝心。特に助け合いは、人柄で決まる。ニートにとって身近な人との関係は、金よりも重要度が高い。
俺はさっそく男まで近づき、肩を軽く叩いた。
「あの、すいません。もしかして、201号室に入居される方ですか?」
「…………ッす」
男は驚いたように振り返り、こちらを凝視する。たっぷりと硬直の時間をとってから頭をわずかに下げると何かを喋った。聞き取れたのは語尾だけ。推測するに「そうっす」とか。とりあえず肯定と断定した。
いわゆるコミュ障というヤツ。過去に大学のグループワークでこういう手合いが一定数いたことを思い出したら、同時に苦しい過去も蘇り、顔を歪めそうになるのを我慢した。
「俺もそうなんですよ。これからよろしくお願いします」
「……ッす」
めげずに言葉を繋ぐも、先ほどと全く同じ答えが返ってくる。鋼の心で表情を維持して、溜息が漏れるのを防いだ。
この同居生活、まだ始まってもいないのに前途多難な予感がする。この分では、彼の意図が理解できるようになるまでかなりの時間がかかるだろう。人間関係の苦手さでは俺も引けを取らないモノの、ここまで露骨に酷くはない。俺の場合は雑談で会話が続かないなどだ。ただ、別に仲がいいのはルームシェアの前提ではない。生活に支障がでない範囲でのコミュニケーションを頑張っていけばいいのだ。そう考え至り、楽な気持ちで構えた。
挨拶を終えて腕時計を見ると、丁度17時になったところだった。わずかにキィと耳障りな音が鳴り、次にはサクサクと土を踏む音が聞こえてきた。
「おお、もう揃っておったか」
足音が止み軽快な声が響くと、自然と視線がそちらにうつる。塀の切れ間にいる声の主は、やたらに美人だった。
パーツの全てが良く見えるよう相乗効果を生んでいるような顔立ちに、軽めの服の上からでもわかる均衡のとれた肉体。美人という言葉だけでは足りない美人がそこにいて、やや赤い空が照らしたのは風になびく金色の長い髪と、燃えるような赤い瞳が印象的だった。
一瞬、息を飲む。幻想的な光景が、まるでこの世にあってはならないモノの気がして怖気づいた。
「どうした? 呆けたつらして」
「っ、そ、そんな顔してましたか?」
「していたぞ」
「……ッす」
お前も肯定するのかよ。ますます何を考えているのかわからない。ただただ顔が熱くなる。
とにかく俺は恥ずかしさを紛らわすために、別の話題へ考えを巡らせた。
容姿はともかく、この声と特徴的な喋り方には心当たりがあった。一ヶ月前月見荘に電話をかけたとき、俺のしどろもどろな言葉に優しく対応してくれた方と一致している。きっとこの人が大家だ。
「もしかして大家の
「そうじゃ!」
「えーっと、僕は
「おおそうか! ということはおんしが
「……ッす」
予想は当たり、この女性が大家の
再び大家に視線を戻せば、彼女は俺たちを交互に見た後、笑顔を見せた。
「おんしら! 結構な荷物じゃのお。今日は最低限のことだけ説明して、細かいルールなんかは明日また改めて説明する、というのはどうじゃ? 別に急ぎの用事などないじゃろう?」
「いいんですか? それなら僕はそれでお願いします。えっと……伊藤さんは?」
「……ッす」
思ってもみない提案だった。今日は退去に電車での大移動など、慣れないことばかりで体力的にキツかったため心底ありがたい。
ニートは体力が低い。特に引きこもりと兼業している場合は、比喩ではなく風吹けば死んでしまうレベルの脆弱さだ。稀にガチガチのスポーツマンみたいな人もいるけど、それは少数だろう。引きこもりニートの俺は、一刻も早く寝たかった。
その思いを察知したのか、大家が「ついてこい」と先導し後に続く。入り口を抜けると、左手にはアパート、右手には庭があった。アパートは2階建ての各階3部屋ずつの建物で、壁のくすみや色焼けなど年季が感じられる。庭には駐車場が手前にあり、奥には緑色の葉をつけた何かの木があり、その陰にベンチとテーブルが設置されていた。
特に目新しいものはない。たっぷり1時間半、俺はこれらを十分に観察しておりもう見慣れていたと言っても過言ではなかった。
そのままアパートの階段を上り、201号室へとたどり着いた。
大家は鍵を開け、俺たちを中へ入るよう誘導した後に、玄関に立ったまま簡単に説明を行う。まず、水道ガス電気のライフラインは全部屋大家持ちで契約しており、既に使用できるということ。次によっぽど汚さなければ部屋は自由に使用してもいいということ。このたった2つを告げると、鍵束を残して去っていった。
流石に、本当に簡単すぎる説明に少したじろいだが、体にたまった疲労ですぐに現実に引き戻される。
「……とりあえず、俺は今日あっちの部屋使うんで、もう寝ます」
「……ッす」
見慣れた気持ちになる伊藤さんの仕草を確認してから、指をさした右奥の部屋へと入る。
「暑っつ……」
部屋は畳張りで、イグサの香りが充満していた。南に位置する窓からは容赦なく日が差し込んでおり、見事に蒸し暑かった。俺が入らなかった左の部屋とも繋がっており、見れば同じく畳で、フローリングなのはキッチンだけのようだ。2部屋も畳とはだいぶ珍しい。
キャリーケースを隅に置き、その上に背負っていたリュックを積んで、ふすまを閉める。部屋に一人になったら、ジャンパーも脱ぎ捨てて、さっそく俺は横になった。
イグサのにおいだ。実家にいたころは毎日この匂いをかいでいたのに、もう何年も昔のことのように思える。昔に戻りたいとは思わないけど、この匂いは少年時代を想起させた。あの頃はなんも不安なんてなかった。
俺は這うようにして、キャリーケースの上からリュックを引きずり下ろすと財布を取り出した。薄型の財布じゃないのに嘘みたいに薄い長財布から全財産を取り出して並べていく。
4万3千90円。これが財産のすべてで、銀行口座も空、当然クレジットカードなど持っていない。この少ない資金が尽きる時、俺の命も終わりだ。
家賃にライフライン、食費にその他の雑費、かなりうまく節約してももって2か月だ。払えないからといって、バラバラにされて売られてしまわないか、不安だ。
「まぁその時は、その時か……」
考えても仕方がない。面倒なことは明日の自分に投げて睡魔に身をゆだねると、俺は眠りへと落ちていった。
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