第29話

 ダンジョンに入ってから五時間、かなり奥の方へと来た気がする。

 魔物も入り口付近の奴らに比べて、結構強い魔物が増えた。


「うわああああ! ほちゃああああ!!」

「ぐぎゃああああ!」

「にゃああああああああ!!」


 けどそんなの関係ない! 全く関係ない!

 なぜなら私には最強魔剣バルムンクことムーちゃんがいるから! こんな弱い魔物ひとひねりよ!


「あっはっはっはっは! 見ろ、魔物がゴミのようだ!」

『マスター……精神が黒ずんでいるが大丈夫か……?』

「はっ……! いけないいけない、ちょっとムーちゃんの力使いすぎたかも」

『魔力を使うのは控えた方がいいかもしれんぞ。それに見ろ、フレンテーゼの小僧ももう諦めがついたようだ』


 見ると最初は私より優勢だったアルクが、肩で息をして膝をついていた。


「き、貴様~いったいどんな体力しているんだ……? いくらダンジョン初心者といえど、数時間も戦い続けてよく保つな」

「ボクは普段からガレイとセイ、最近だとクリフも相手にしてるからね。これしきのことで根を上げるわけがないだろう」


「殿下が実戦でも実力を出し切れて、私も鼻が高いですよ……!」

「ふん……バカシャルのよさは俺だけが分かってる……」

「シャルル様の必死の表情、凄く圧があって……その、私困ります……」


 後ろで鬼教官たちが自分以外には聞こえないような声で何か言っていた。

 どこか満足げな表情が謎ね……。


「ば、化け物め……。噂は眉唾だったか……」

「噂? ボクの噂なんてあるの?」

「ああ……隠しておいても意味は無いから、貴様に教えてやる」


 クリフ曰く、フレンテーゼではノアロード王国の王子は魔法が使えない能無しだと言われてるらしい。

 私の兄妹は女しかおらず、このままでは能無しがノアロードの国王の座につく。

 だから、ノアロードの未来は暗いと教わったらしい。


 なるほど、だから最初の頃アルクはやたらと私やこの国を馬鹿にしていたのね。納得。


 だけど実際に私と勝負してみて、魔法は使えるし剣術や勉学も上々で聞いていた話と違うのでは? と思い始めたみたい。


 それで、噂が真実かどうか見極めるためにこうしてダンジョンに潜ったとのことだ。



「認めるよ……貴様は強い。それに王族としての気品もある。悪かったな、今までの非礼を詫びる」

「うん、それは別にいいんだけど……」


 私としては弟、というか近所のちびっ子相手にしてたような感覚だったし。

 そこそこ楽しかったから怒ってはいないのよね。


 ただ――


「貴様はこの国を背負うに足る器だ。俺様も貴様を見習って国のためになる人物を目指さねばな」


 君、最初とキャラ違うくない?


 数ヶ月前の我が侭なアルクがver1.00だとしたら昨日のアルクがver1.8だった。

 そこから急にver4.00くらいまで飛んでるんですけど!?


 ちなみにゲーム本編はver5.00くらい。もうゲーム本編とあまり差を感じないわ。


 あとはもう少し上から目線が和らげばver5.00のできあがりだ。


 アルクが成長するのはいいんだけど、でもなんだこのキャラの変わり様は。


 ポケ〇ンのレベル上げをしていたら進化ムービーが出ずに勝手に進化してた、みたいな衝撃だわ。


「ふっ、どうした? 俺様が負けを認めたのがそんなに珍しかったか?」

「珍しいというか、今衝撃的な変化を目の当たりにしてるような……」

「なに、俺も学んだってことさ」

「あ、そう……それは、よかった……」


 人ってこんなに急に性格が変わるもんなのかしら。

 まぁ一八〇度変わったとかじゃなくて、方向性は同じだからそこまでおかしくはないのだけれど。


「負けは認めたが、だからといって勝負を投げ出す気は無いぞ。これからも貴様に勝つまで勝負してやるから覚悟しておけよ!」

「ああ、うん……?」


 ええと、アルクの性格矯正は上手くいった……のかしら?


 いまいち実感がなくて、よく分からなかったわ……。



 ◆



「殿下、もうすぐ最奥です。奥のフロアにある水晶に触れれば出口まで転移出来ますよ」

「へえ、便利なものがあるんだねダンジョンって」

「知らないのかバカシャル、転移石っていうのは最初に奥まで攻略した人間が設置するものなんだ。入り口にも同じ石を置いてあっただろう? あれと自前の石を事前に魔力でペアリングさせるんだよ」

「そうか、じゃないとどこに転移すればいいか分からないか。……別のゲームでセーブスポット同士なら自由にワープできるのがあったけどあれに近いかも……」


 ゲームによってはあるわよね、セーブクリスタルとか。

 あれみたいに行き来可能なのがその転移石ってやつなのかしら。


 そういえば、『誰ガ為ニ剣ヲトル』だとダンジョンはボスを倒してクリアしたら自動で出口まで帰ってくる仕様だったわね。

 その後自由にダンジョン内を探索できるけど、その時は転移石なんて無かったような。


 ひょっとしたら、ボスを倒したらワープできる仕様をこの世界流にアレンジしたのが転移石なのかも。


 もしくはこの世界独自の要素?


 どっちにしても便利だからありがたいわね!


「ここがその最奥部屋ですシャルル様、足下にお気をつけください」

「おっと、足場の石畳がでこぼこだ。足下を見なかったらこけちゃいそうだね」


 石畳はボロボロになってて、まるで押されたスイッチのように陥没している部分があった。


 危ないなぁと思いながら、陥没していない足場を見つけて歩く。


 ゲームでも『ボスがいる部屋で右に六歩、上に三歩歩く。そこでアイテム欄の上から三番目のアイテムをセレクトボタンを押して、さらに上に三歩歩く』とかいう裏技あったなぁ。


 成功したら隠し部屋に行けるらしいんだけど、誰も成功者がいないから結局デマってことになったのよねぇ。


 しかもその裏技試したらセーブデータが破壊される人もいたみたいで、裏技の投稿者を訴えます! って怒ってたわ。


 ちなみに私は裏技を試してないわ。

 そういうのは全ルートクリアしてセーブデータをコピーしてからじゃないと怖いものね。



「っと、危ない危ない」

「おい貴様、また考え事をしてたんじゃあるまいな。全く、気を抜くな。既にダンジョンは攻略されていて、最奥の主が出ないからって油断しすぎだ」

「最奥の主……? ああ、ボスのことか……」

「シャルル様、気をつけてくださいと言ったのに……」

「ごめんって!」


 いけないいけない、考え事をしていたら危うく転けそうになっちゃったわ。


 少し陥没した部分に足を踏み入れちゃった。


 ――カチ


「あれ?」

「どうしたバカシャル、足下を見つめて首をかしげたりして」

「いや今何か不思議な感触が……」


 陥没してる場所に足を置いたら、まるでボタンを踏んだかのような感触がしたんだけど、気のせい?


『ボスがいる部屋で右に六歩』


 ――まさか、ね。


「殿下、足を怪我されたのですか? 先程から動かれていませんが……」

「いや、ごめん何でも無いよ」

「そうですか。もし何かあったならこのガレイ、殿下を背負って駆け出しますのでご安心を!」

「駆ける必要性!?」


 まあガレイの気遣いはありがたいけど、生憎怪我はしていないわ。


 とりあえず窪みから足を抜いて、部屋の中心にある水晶に向かって……


「っととと……」


 足を抜いた反動で、思わず後ろに下がってしまった。


 するとまた――


 ――カチ


 何かを踏むような感触。

 足元を見れば、再び陥没した場所を踏んでいた。


『上に三歩歩く』


 ――今私は後ろに三歩下がった。窪みを回避して歩いてたせいで蛇行していたため、私の正面には入り口がある。つまり、後ろに下がったと言うことは、上方向へ三歩歩いたことになるんじゃ……?


「試してみる価値はあるかも」

「殿下? なぜ急にダンスのような足取りを?」

「ダンジョンに長時間潜ったストレスでおかしくなったか」

「うるさい、ちょっと見てて!」


 ええと、次はなんだっけ。確か――


『アイテム欄の上から三番目のアイテムをセレクトボタンを押して』


 アイテム欄? アイテム欄って言ったって……そんなもの無いわよ?


 この世界は自分の持ち物は普通に手持ちだし、ゲームのようにアイテム欄なんて謎空間があるわけないもの。


 さて、どうしたものか。


「あ、そうだ。ねえクリフ、行きがけに準備した荷物でボクが三番目にポーチに入れたものって何か覚えてる?」

「はい、シャルル様は本日八時にポーチを取り出し、まず最初にハンカチを入れました。その後、ポーション瓶を三本入れてます。三番目というと、そのポーション瓶のどれかということになるのではないでしょうか」

「えっ何で覚えてるの怖っ……」


 クリフ、私の一挙一動を完全に把握しているわ。

 バトラーとしては正しいのかも知れないけど、同世代の男子に逐一監視されていると思ったらちょっと怖い。


 いや、待てよ? 今の私は(女装)男子だ。

 つまりクリフは四六時中男を眺めてるってことになるわ!


 …………うん。クリフに悪い虫が付かないためにも、アリね!!


 っと、そうじゃなくて。

 ポーション三本のどれかがアイテム欄の三番目か? これはノーだわ。


 だってゲームって同じアイテムは『ポーション×99』って感じで同一扱いするでしょ?



「クリフ、ポーションの次は何を入れてたっけ」

「はい、確か……コホン」

「うん? どうしたのさクリフ、もしかして覚えてないの?」

「いえ、これは仰ってもいいものかどうか……。あの、シャルル様。皆様の前でお伝えしてもよろしいのでしょうか」

「よくわかんないけど、いいよ。そんなに変なものは入れてないはずだし」


 私のポーチにはごく普通のものしか入れてない。

 別に恥ずかしがられるようなものなんて無いはずだけど。



「……ョーツです」

「え? なんだって?」

「ですから、女性物のショーツです!」

「ああ、うんそうだね。着替えように一応……って、あっ!!」


 やっっっっっば!!!


 替えの下着を持ってきてること自体は別に変じゃない。

 けれど、「シャルル」が女性物の下着を持ってきてるのは大問題じゃない!!


 いけない、完全に油断してたわ! まずい、このままじゃ皆に私が女だってバレちゃう!



「おいおい、バカシャル。流石にそれはどうかと思うぞ?」


 私が焦っていると、セイがおちゃらけた感じの声を出す。



「だから言ってるだろ? 女装癖は構わないが、部屋の中だけにしとけって。お前まさか、外で女用の下着を着て興奮しようってわけじゃないだろうな~?」

「ちがっ……」


 いや、違うくない! 違うんだけど、これは利用できる!


 そうだ、数年前にセイに着替えを見られて私に女装癖があると勘違いされてるんだった!

 その勘違いをここで利用すれば、皆に私が女装癖がある=男だって刷り込みすることが出来るわ!


 ふふふ、ピンチは最大のチャンスとはよく言ったものね。



「そ、そうなんだよ~! 女装趣味が祟って、着替えをつい女の子用のものを持って来ちゃったんだ! あは、あはははは!!」


 もうどうにでもなれ~!!


「そ、そうだったのですか。殿下にそんな趣味が……。いえ、このガレイ主の趣味を否定しません! むしろ、私も一緒に女装するべきなのでは??」

「いやそれは別にいいよ、ガレイが着れるサイズの女性服なんてないよ」


「そうか、貴様やはりくせ者であったか。文武両道であまりに隙が無いと思っていたのだ。やはり裏ではとんでもない性癖を持っていたか、だがそれでこそ王族よな! 安心しろシャルル! 我が国の先々代の王は王妃に蝋と鞭で責められるのが趣味だったと聞く! 我が父は母に赤ちゃん言葉で甘える! 女装くらい普通だ!」

「アルク、フォローしてくれてるようでその人達と同レベルって言うのやめて!!?」


「シャルル様、女装趣味があるということはやはりその……シャルル様は受けなのでしょうか? でしたら、私は攻めということに? あの、私はこういう性格ですのであまり向いてないと思うのですが、しかしシャルル様が仰るのであれば……!」

「とりあえずクリフが言ってることが一番わからないよ」


「バカシャル、お前ちゃんと気をつけろよな。バレたら大変だってお前が一番分かってるだろ」

「うん、でもセイも人が悪いよ。なにもみんなの前でバラさなくても……」

「俺がバラさなきゃ、あの場の空気最悪だったぞ。感謝して欲しいくらいだ」

「それは、まあ……感謝してるよ」


 本当に、色々な意味で。


 正直ホッとした。セイが切り出してくれなかったら、私が誤魔化さなきゃいけなかったんだし。

 みんなに上手く言い訳が出来るかと言われると、怪しい。かなりテンパってたし。


 本当に、よかった。



「それで、ショーツがどうかしたのですか?」

「忘れてた。えっと、アイテムをセレクトするっていうことは……持ってればいいのかな?」


 とりあえず着替え用のショーツを右手に持っておこう。


 そして最後に――


『上に三歩歩く』



「いち、にー、さんっと」


 ――カチ


 やはりボタンを踏んだような感触があった。


 そして、部屋の奥の壁が動き、下へと続く階段が現れた。



「やったぁ! 成功だわっ! ……じゃなくて、成功だ!」

「これは、一体どういうことだシャルル……?」

「どどどどど、どういうことでしょうか殿下! まさか殿下のダンスで部屋の壁に穴が!?」

「いや、よく見ろガレイ。階段があるぞ。まさかあの珍妙なダンスが何かの魔法発動のキーになったのか?」

「シャルル様のショーツを使ったダンスで隠し扉が現れたということでしょうか? 女装パワー、恐ろしいですね……」



 みんな素直に私が狙って足下のスイッチを押したって言っても信じてくれなかった。


 何で知ってるんだとか、パンツの意味はなんだよとか言われて返答出来なかったのも痛いわね。


 結局私が汗をかいて下着を替えようとしたら、その際に『偶然』隠し扉のスイッチを押したということになった。



 いやいや、みんなの前で下着を替えるわけないでしょ!? それとも男子って人が見ててもパンツ履き替えるのかしら……。



「とにかく、せっかく見つけた隠し扉……みんな、準備はいい? 行くよ!!」

「「「「おう!(はい!)」」」」


 こうして、ゲームでも体験したことのないダンジョンの隠し部屋に突入することになった。

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