第27話

 ダンジョン名ニールオット――王都から出てすぐ近くにある小さなダンジョンだ。


 冒険者になりたてのルーキーや、魔法学園の課外授業に使われる低レベル向けで、攻略難度も低い。


 アルクの無茶ぶりでここを攻略する羽目になっちゃったわ。



「そういえばわた……ボクも魔物と戦うのは初めてかな。クリフもだよね?」

「ええ、そうです。私は見たことさえないのですが、シャルル様は魔物をご覧になったことは?」

「ボクもないよ。一応、知識としてはあるんだけどね」


 そう、ゲームの知識としては。


 といっても、RPGの知識だ。

 魔物の弱点とか知っていても、それを実戦で活かせるかは甚だ疑問だ。


 だって、『誰ガ為ニ剣ヲトル』ってターン制バトルだったもの!

 こっちが考えてる間は魔物は完全に動きが止まってるから、倒すのも簡単だったわよ!


 でも現実でそういうわけにはいかないわ。


 敵が止まってくれるなんて都合がいいことが、ゲーム以外で起こるわけないもの。



 だから、いきなり魔物と戦うなんて危険すぎるとアルクを説得した。


「大丈夫だ」の一点張りで聞き入れてもらえなかったけど。



「殿下、魔物といってもこのダンジョンのやつらははっきり言って雑魚です! 殿下の腕であれば、剣の露と化してしまうほどの取るに足りない低級魔物ですよ!」

「なんだバカシャル、お前ビビってんのか~? そういえば、昔からお前は外出しなかったな。いけないぜ、そんなんじゃ。見聞を広げるためにも様々な体験を得て経験を積まねばな」


 ダンジョンに行くのはちょっと……とごねてたら話を聞きつけたガレイとセイが参加することになった。


『殿下! なぜ私を連れて行ってくれないのですか!!』

『お、面白そうじゃん。バカシャルの無様なダンジョン初探索、隣で見てたら面白そうだな』

 と言って来たのだ。いやそこは王子が危険な真似するな! って止めて欲しかったんだけどな~。


 二人とも『大丈夫です(だろ)』と言って私のことなんて微塵も心配しなかった。


 薄情だわ……!



「ふむ、貴様らも加わってくれて嬉しいぞ。俺様とシャルル、どちらがダンジョン攻略で優秀だったか見極める者が欲しかったのだ。三人もいれば上等だろう」

「え~本当に勝負するの? よりによってダンジョンじゃなくてもよくないかな」

「甘い! 低難度ダンジョンといえど、多少の危険はつきまとうもの! そうやって油断してると痛い目見るぞ貴様!」

「いやだから、そうならないようにダンジョンやめろって言ってるんだよ!?」

「逃げるのか? 臆病者か貴様。それでも王族なのか、この国の将来も不安になるな」


 ふっ、見え見えの挑発に乗るわけ無いじゃない。

 そんなのに乗るなんてプライドが高いやつか、よほどのアホよ!


 私に自国を憂うような王族としての心構えや、馬鹿にされて怒るようなプライドがあると思わないことね!



「アルク殿下! 今の言葉訂正していただく!! いくらフレンテーゼ王国の王子といえども、我が主への侮辱の言葉、許せません!!」

「アルク様、流石に私も今の言葉には苛立ちを隠せません。シャルル様は聡明で勇敢なお方、あなたとの勝負を逃げるなんて真似するはずがございません」

「おーそうだー。俺もその意見に賛成だー。やってやれバカシャル-!」


 よほどのアホとプライドの高いやつーーーーー!!!!


 あとセイ、あんた絶対わざと言ってるでしょ! 顔がニヤけてるのバレバレなのよ!


 何を企んでるのか読めなくて怖いわ!!



「ほう、家臣にここまで言わせて逃げるなど言わんよなシャルル」


 アルクが不敵な笑みを浮かべる。


「あーもう!! 分かったよ、ダンジョンに行くさ!」


 逃れられぬカルマ。私のダンジョン攻略はこうして半ば無理矢理行われることとなった。



 ◆



「うぅ~ジメジメする~……」

「我慢してくださいシャルル様。ダンジョン内は基本地下に続いていて暗所だから湿気が高いらしいですよ」

「分かってるけど、梅雨の時期の洗面所みたいな湿気の多さで嫌になるよ……」

「ツユ……とは何ですか?」

「何でも無い。えっと、雨が続く日の浴場の着替え場みたいだなって」

「ああ確かに……。湿気の感じは似ていますね」


「殿下! 筋肉です! 筋トレをした後の騎士団の宿舎は皆汗をかいてジメジメしています! つまり筋トレをすればジメジメにも慣れますよ!!」

「いや慣れたいわけじゃないよ! っていうか、流石に筋肉と湿気を結びつけるのは無理があるって!」

「……むん!」

「いやポーズとってごまかすんじゃない!」


 ガレイのボケなのかマジなのか分からない言葉に頭を悩ませつつ、ダンジョンを進む。


 ダンジョンに入ってから数十分が過ぎた頃、それは現れた。



「ぴぎー!」

「スライムだ!」


 青いゲル状の魔物が目の前に現れた!


 某国民的RPGのような顔があるスライムじゃないけど、どことなく愛嬌のある姿。

 ゲームと同じだわ!



「か、かわいい~……!」


 どこから出してるのか分からない鳴き声も可愛らしいし、ポヨンと跳ねる姿は愛おしささえ感じるわ!


 なにこれ、愛玩動物!?


「てええええええええい!!」

「ピギャアアアアアア……!!」



 直後、アルクの剣がスライムの顔面(?)のど真ん中を貫いた。

 その後、スライムはチリチリと消滅していき、ダンジョンの地面に溶けていった。



「な、何してんのぉ!?」

「ん? 貴様がボーッとしてたから最初の一匹目は俺様が倒してしまったぞ」

「そうじゃなくて、あんな可愛い魔物をよく殺せるよねアルクはさ!」

「殿下、スライムの見た目に惑わされてはいけません。スライムは跳躍して人間の顔にへばりついて窒息死を狙ってくる危険な魔物です。幸いこのダンジョンの魔物は弱いですが、強いスライムは物理攻撃が効かないなんてこともあります」

「ええ!?」


 ガレイに言われて思い出した! そういえばゲームのスライムも厄介な敵だったわ!


 剣の攻撃は効かないわ、魔法も火以外効果薄いわで面倒ったらなかったわ。

 この世界でもそれは変わらないのね。



 ……あれ? じゃあ弱点もゲームと同じ?


 だったら私、ある程度覚えてるからイケるんじゃないかしら!


 よーし、頑張るわよ!



「おいシャルル、貴様呆けてるとか大丈夫か? 勝負にならないなんてつまらない結果だけはやめてくれよ」

「う、うるさいなぁ! 大丈夫だよ、次はちゃんとやるから!」

「ほう、言ったな?」


 よし来い! こっちにはゲーム知識って言うチートがあるんだから!



「ぐるるるる!」

「次の魔物だ!」



 ほら来た! 目の前にはオオカミのような魔物がいる。毛は赤く、目は暗いダンジョンでも輝いている。

 ちょっと怖いわね……。


 えっと確かブラッドウルフ……だったわよね。

 序盤の敵にしてはちょっとだけ強い、そんな魔物だったはず。


 確か素早さが高くて、序盤のステータスだと相手が先制を取るのよね。

 弱点は水、または突き属性の物理攻撃。よし、覚えてる。


「さて、行くよ! 水か突きで……」


 あれ~? 水魔法も突き属性(槍装備)もどっちも無いわよ?


 ひょっとして、ゲーム知識って意味ない?



「はあああ!」

「きゃうん!」


 私が固まっていると、その間にアルクがブラッドウルフの首をはねた。


 うん? アルクの武器は剣、槍じゃないのになんで倒せるの?



「おい、またか貴様。さっきから動こうとした瞬間にピタッと止まって。さてはやる気が無いのか?」

「いや、そうじゃなくて……あれ~?」



 何でアルクの攻撃で倒せたんだろう。槍装備じゃないのに。



 …………って、そうだ! 魔物だって生き物なんだから首をはねれば死ぬに決まってるじゃない!大丈夫か私!


 ゲームでは弱点攻撃しか攻撃が効かなかったけど、あくまでゲーム。


 ここは現実なんだからゲーム通りの攻撃法方じゃなくても通じるんだ!



 恐ろしい……完全にゲーム知識に囚われていたわ……。


 これが所謂若者のゲーム脳……。

 転生してから十四年経ってるから実質アラサー? やかましいわ!



 ということで、私はゲーム脳と現実の区別を付けるため、魔物退治に取り組むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る