第4話

「そやさかい早まるなって言うたのに、なんで飛び出したん!!逃げられてもうたやろうが……」


 人差し指を立て彩葉へと詰め寄る鴉丸。その顔は怒りで茹で蛸の様に真っ赤になっていた。


「……ごめん、つい」


「つい……や、あらへんがな。焦る気持ちも分からんでもないさかい……あぁ……一からやり直しや」


 怒っていたと思ったら、今度はがくりと項垂れる。


 確かに彩葉は焦っていた。姉である万葉を追いつき追い抜く為、この任務は絶対に早く終わらせなければならなかった。しかし、その結果……失敗した。


 だらりと頭を下げ項垂れたまま歩き出す鴉丸に掛ける言葉もない彩葉。ぱちりと小狐丸を鞘へと納めると慌てて鴉丸の後を追った。


「ふぎぁっ!!」


 前を歩いていた鴉丸が素っ頓狂な声を出したかと思ったら、そのまま、こてんとひっくり返ったではないか。


「誰やっ、こないな道ん真ん中に突っ立とる呆けぇはっ!!」


 自分が下を向いて歩いていた事を棚に上げ、酷い言い様である。まるで当たり屋か何かかと勘違いされてもおかしくない。


「骨が折れとったらどないするんやっ!!高うつきまっせっ!!」


「ちょっ……鴉丸」


 さすがに見かねた彩葉が鴉丸を止めに入ろうとしたが、鴉丸から難癖をつけられている人物を見て、足が止まった。


「相変わらず元気が良いな、鴉丸」


 その声にぴくりと反応した鴉丸。そして、その声の主が誰だか分かるとバツの悪そうな顔をしている。


 闇夜に薄らと見える人影。その人影は中三の彩葉よりも背が低い割に、やたらと長い刀を手に持っているのが分かった。


 鬼怒笠きぬがさあや


 現鬼怒笠家当主。百四十五センチという身長ながらも刀身約三尺二寸、柄まで合わせると約四尺三寸と言う備前長船長光、通称『物干し竿』を愛刀とし妖魔と戦う妖魔討伐隊の若きエースの一人である。


「なんやぁ……綾やないかい」


「なんやとはとんだ挨拶だな、鴉丸。……おや、彩葉じゃないか?」


「こんばんは、綾さん」


 彩葉が綾へぺこりと頭を下げた。同じ様に綾も挨拶を返す。すると、少し離れた闇の中から綾の方へと走りよる足音が聞こえてきた。


「綾様ぁ、待ってぇ……って、何?何で鴉丸がいるんですかっ!!」


 そこに現れたのは巫女姿をした一人の童女。そう、綾と一緒に行動し妖魔討伐を手伝う九十九姫つくもひめである。


「なんやなんや、このちび狐っ。うちがここにおったらいかんのかいな?」


「なんですってぇ……誰がちび狐ですってぇ?!そちらこそ、ちんちくりんの小天狗の癖にっ」


「ち……ちんちくりんやとっ!!」


 この二人、顔を合わせれば必ず喧嘩になる。それに慣れている綾が九十九姫と鴉丸を引き離す。


「おい、やめろ二人とも。近所迷惑になっちまう」


「だってぇ……綾様ぁ……」


「なんや、その甘ぁい声のは?さぶいぼ立つわ」


「きぃぃぃっ!!許しませんっ!!離してぇ、綾様っ!!」


 ごつんっ!!


 ごつんっ!!


「痛ぁいっ!!」


「こーんっ♡」


 鈍い二つの音と共に、静かな路地裏に悲鳴が響き渡る。堪忍袋の緒が切れた綾が二人の頭のてっぺんに拳骨を食らわしたのだ。


「いい加減にしろ、二人とも。顔を合わせれば喧嘩ばかりしやがって」


「だってぇ……」


「そやかて……」


 頭頂部を摩り涙目で綾を見つめる九十九姫と鴉丸。綾はそれでも何か言おうとしているしている二人をぎろりと睨むと、何かを閃いたのか彩葉の方へと視線を向けた。


「なぁ、彩葉?お前、いま鴉丸と妖魔探してるんだろ?」


「えぇ……そうだけど」


「こいつ……九十九も連れていけ。少しは役に立つぜ?」


 突然の申し入れに驚きを隠せない彩葉と、寝耳に水の事に呆然としている九十九姫。そんな二人をにやにやしながら見ている綾であった。

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