魔剣少女と呼ばないで~鬼丸彩葉編

ちい。

第1話

「ねぇ、彩葉いろは


 昼休みの事である。


 ざわざわと騒がしい三年二組の教室の窓際の席に座る彩葉と呼ばれた女子は先ほどから話し掛けられているのにも関わらず、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


「ねぇってば彩葉っ‼」


 痺れを切らしたのか、その女子が彩葉の耳元に顔を近づけ大きな声で彩葉を呼んだ。


 耳を抑えて隣に座る女子を睨みつける彩葉。


「何よ急に……びっくりするじゃないの」


「はぁ?私、何度も呼んでたんだけど」


 やっと気が付いた彩葉をあきれ顔で見ている隣の女子、真弓まゆみが、大きなため息を一つついた。


「ごめんごめん、少し考え事をしてて……で、何か用?」


「最近さ、この町で凶悪な事件が起こってるよね」


 あぁ、またこの話か……彩葉は内心うんざりしている。確かに彩葉の住む町で人が殺され、しかも、体の一部が喰い千切られている事件が起こっていた。


 彩葉の住んでいるのは山沿いにある田舎町。


 そんな何もない田舎町で殺人事件。しかも、普通でない殺され方をしている。


「……うん、怖いよね」


「ほんと……犯人の目星もついてないらしいよ?危なくて夜はコンビニに行けないよ……」


 真弓はそう言うとぶるりと身震いしている。そして、彩葉も真弓と同じ様に怖そうな素振りをしていた。


 本当に、素振りだけである。


 怖くはない。犯人も知っている。


 だが、その事を一部の人を除き教える訳にはいかない。口外法度となっている。


 しかし、正直なところ、その法度を破って誰かに……そう隣にいる真弓に話したとしよう。多分……否、絶対に信じてもらえないし、下手すると中二病扱いされてしまう。


 だから彩葉は怖がる振りをしなければならないし、噂話が噂話でしかない事を誰よりも知っているから、その話しは全然、面白くもなんともないのである。


 それどころか、昨晩もその犯人を探して町中を歩き回っていたのだ。その腰に二尺二寸二分余の小狐丸を帯刀して。


 そう……彼女、彩葉も妖魔討伐隊の一員であり、あの鬼丸万葉かずはの妹であった。天下の名工三条宗近の四振りの刀のうちの一振である小狐丸。その名刀を持つ彼女は姉にも勝るとも劣らない程の天才討伐士として誉高いのである。


 一般人の真弓には呪い《まじない》が掛けてあり見えないが、今も彩葉の横に小狐丸が置いてあった。


『姉さんよりも早く……あの妖魔を倒す』


 彩葉は早く万葉を越えたかった。鬼丸一族の一部の者達からも、彩葉は万葉を越える逸材と言われている。しかし、姉である万葉はそんな事など気にもせず、鴉丸と一緒に飄々と任務をこなし、功績を上げ続けている。しかし、彩葉の方はその事に囚われすぎているのか、最近は空回りばかりなのだ。


 その事がとても悔しかった。自分に原因があるのは分かる。だが早く周りに、御影様や神貫家や鬼怒笠家達にも分からせてやりたい焦りが彩葉を焦らせている。


 そんな矢先である。


 昨晩、探し回った挙句、何の収穫もなく帰ってきた彩葉に、万葉から思いもよらぬ事を言われた。


「この件は……彩葉、お前が片付けろ」


 妖魔を見つけた万葉が手を引き、彩葉へとその任務を譲った。


 万葉が任務を譲る……そんな事は今まで一度もなかった。


 これは姉であり、追い越すべき存在の万葉が手を引いた任務。これをやり遂げれば私は……彩葉は二つ返事で任務を引き継いだ。

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