第24話 煽動
佐木は濃い隈に縁どられた目をギラギラさせて、モニターを睨んでいた。リアルタイムで投稿されてくる書き込みを監視し、時折クソどもがと悪態をつきながらも、唇を歪ませて仄暗く笑う。昨夜は一睡もしていないし、微熱も続いていたが、気力は萎えてはいなかった。
いつもはおしゃべりなdeathの名は、昨日の昼ごろから見ていない。近藤から、deathこと出島柊人の話は聞いたので、そりゃそうだなと納得する。そして、彼が書き込むことはもう二度とないだろうなと、鼻で笑うのだった。匿名だと思って調子に乗るから、身バレして付け込まれたのだ、自業自得だと。
モニターの中、ラストサンクチュアリでは、新たな作品の発表に大賑わいを見せている。薔薇の作品から間がないことに彼らは驚いていたが、作品を見れたことには大喜びなのだった。
――ああ、よく分かるよ。ゾクゾクくるよな。興奮するよな。もっと、もっとって欲しくなるんだろう? ああ、俺もだよ。
闇導師:20**/06/04 13:13
新たな作品に祝杯を
リッパーリッパー:20**/06/04 13:14
すげぇな。天雲愛美を逃した分はきっちりリベンジだぜ!
フローラ:20**/06/04 13:17
こんなにすぐ見れると思ってなかったから大コーフンにゃー!ふにゃー!
花師様ここでお話してくれたらいいのににゃあ
会いたいにゃあ♡
サイコさん:20**/06/04 13:19
キモ。うざ。猫に謝れ。
闇導師:20**/06/04 13:19
今回のガーベラは原点回帰か。神は前回から画像を公開して、我々に恵みを与えてくださった。感謝しかない。伏して偉大なる花師を称えよう。
フローラ:20**/06/04 13:21
サイコ死ね
Poe:20**/06/04 13:25
今回の犯人は果たして本当に花師なのでしょうか。
佐木の眉間に力が籠る。
このPoeはやはり他の会員とは様子が違っている。顔のない怪物というアカウントが現れたことで、他のアカウントは花師候補から除外していたが、このPoeには引き続き注意しておくべきだなと考えなおす。
余計なことは言わずに黙っていて欲しいのだが、不用意に「黙れ」などと書き込めば、返って火に油を注ぐことになりかねない。早くPoeも他の連中も全員、指名住所を特定してしょっ引いてくれと、佐木は近藤の働きに期待をかけるのだった。
顔のない怪物と屍の書き込みの後、新たな被害者が出たこと、出島が殺人を強要されたことから、警察はラストサンクチュアリを捜査対象として狙いを定めたのだ。さっさと仕事をしてもらわなければ、近藤に従って手出しするのを堪えた甲斐がないじゃないかと、佐木は不機嫌極まりない顔をさらに険しくさせるのだった。見ていることしかできないことがもどかしかった。
掲示板では、Poeの書き込みに対して、何が言いたいのだと、リッパーリッパーや闇導師が絡み始めていた。続いて、罵り合いが好きなフローラも噛みついてくる。
Poe:20**/06/04 13:32
皆さんは利用されているのかもしれません。
どうか自重なさって下さい。
チッと大きく舌を打った。どうか黙っててくれという佐木の思いを嘲笑うような書き込みだった。
――やっぱりこいつは気がついてる。顔のない怪物の意図と、屍がそれに応えたことに……。ったく、おしゃべりめ! ここの馬鹿どもが気付いたらどうしてくれる。自重しろなんて言っても、この書き込み自体が煽りになるだろうが!
イライラと爪を噛んだ。
百歩譲って好意的に受け取るなら、真実を知ってしまったPoeはこれ以上殺人が行われないないようにと思って書き込んだ、とも考えられる。だが、何も気づいていない人間に、わざわざ教えてやる必要はないのだ。ここにいるのは、人間生け花が増えることを歓迎しているようなクズばかりなのだから。
佐木には逆効果としか思えなかった。
天雲の写真について語ったときもそうだ。Poeは長谷川の存在に気付いていたフシがある。自分の推理をひけらかした訳ではないが、お前たちが知らないことを自分は知っていると言いたげだったのだ。
――むしろ、コイツは怪物の協力者で、わざとやってる可能性もある。
ガリガリと頭を掻いた。嫌な予感がしてならない。
下品で低俗な言葉で荒れる掲示板を、その後も祈るような気持で佐木は見つめ続けた。
闇導師:20**/06/04 13:53
敬意を込めてガーベラを
なるほどそういうことか。
花師様は極楽鳥花を予告されていたのに、今回の花がガーベラだったのは……
バクンと、佐木の心臓が飛び跳ねた。息をするのも忘れていた。
拳を握り締め画面を見つめたまま、彫像のように固まってピクリとも動かなかった。
リッパーリッパー:20**/06/04 13:54
そういうわけって、どういうわけ?
ここの奴ら、みんなもったいつけやがって、ウゼぇしキモいんだよ。
言いたいことはハッキリ言えや、ボケ!
闇導師:20**/06/04 13:55
屍くんの活躍を称えよう
ダンと、思い切りテーブルを殴っていた。佐木はギリギリと歯を鳴らしながら、瞬きも忘れて、画面上のやり取りを凝視する。
真相に気付いた闇導師に、リッパーリッパーがそれとは知らずにますます絡んでいく。だが、どうやら闇導師は無視を決め込んでいるようだった。それなのに愚鈍なリッパーリッパーが追及を続けるせいで、他の会員がどんどん関心を向け始めている。
そしてついに、佐木が危惧していた書き込みが現れた。
サイコさん:20**/06/04 14:01
そうか
サイコさん:20**/06/04 14:02
分かった
サイコさん:20**/06/04 14:05
屍の書き込み
顔のない怪物
フローラ:20**/06/04 15:04
あ!ああああああ!なるほどー!
リッパーリッパー:20**/06/04 15:24
はぁ?バカじゃね
サイコさん:20**/06/04 15:37
バカはお前。すげえ、ドキドキしてきた
フローラ:20**/06/04 16:08
これ、アガるわーー!クるわーー!
言っちゃっていいのかな?
いいのかなあ?
いいよねえ♡
私はアジサイにする!6月だしねー!
サイコさん:20**/06/04 16:12
こっちはカーネーション
リッパーリッパー:20**/06/04 16:21
何言ってんだ?バカじゃね
「クソどもが」
この展開は、完全に花師の思惑どおりなのだろう。佐木の背中を嫌な汗が流れる。
もしも本当に、フローラやサイコさんまでもが花師の模倣を始めたら、他の会員たちも後に続いたら、それを知ったバカどもがさらに真似をしたら、日本中に死体の花が咲くことになるかもしれない。
「地獄だな。まあ、こいつらが、花師みたいに上手いことやれるとは思わねえけどな」
模倣犯たちが成功しようが失敗しようが、彼らは花師の隠れ蓑になる。それが狙いなのだろう。
佐木は、スマホを手に取ると、近藤を呼び出す。
3コールで近藤が出た。
「まずいです、先輩。ラストサンクチュアリの連中が、屍の犯行だと気付きました。それをきっかけに」
『ちょ、ちょっと待て! 話は聞くからドアを開けてくれ』
「は?」
『今、お前んとこの玄関の前だ』
思わず佐木は玄関の方を見た。何も言わずに通話を切り、立ち上がる。
なぜ近藤が来たのか知らないが、話があるのだから丁度良いと、急いで鍵を開けた。
ムスッとした近藤が、邪魔するぞと言って、無遠慮に入ってくる。鳥居も一緒だった。
「うちに来るなんて、どうしたんですか。今朝の遺体の件で忙しいでしょうに」
「まあな、出島の聴取もしなきゃならんし。でも、鳥居がお前に聞きたいことがあるって言うんで先に寄ったんだ。で、なんだって? ラストサンクチュアリの奴らは、今朝の犯人は屍だって言ってるのか?」
どすどすと寝室に向かいながら近藤が言う。
「まだ、断定するには早すぎるが」
「俺はもう断定してもいいと思いますけどね」
近藤に答えながら、佐木はちらりと鳥居を見た。聞きたいことがあるというわりに、ギロリと睨みつけてくる。昨日はお粥を用意してくれるなど優し気な顔を見せてくれたが、今日は初対面の時よりもあたりがきつい。ドールのせいかもしれない。
そっと目を逸らして、先にPCの前に座った近藤の隣に腰を下ろす。
「それで、これ見て下さい」
「なんだ? 花の名前が一杯だな……あっ! これは」
「そうです。こいつらも後に続こうとしてるんです。もっとも、今はお祭りのノリで騒いでいるだけだと思いますけど。でも、急いでとっ捕まえたほうがいいです。奴らの教祖が犯行を煽ってることに気付いちまいましたから」
「そうだな。ちきしょう、バカどもが……」
近藤はイライラと何度も舌を打った。
花師は掲示板ではそれとなく匂わせただけだったが、出島柊人に対しては、はっきりと自分を模倣することを要求していた。今後、犯罪の形態を変えようというのだろうか。この行動に対して捜査が追いつかない焦りが、近藤をさらに苛立たせていた。
立ったままだった鳥居が、すっとビニール袋を差し出してきた。中にスマホが入っている。佐木が首を傾げると、鳥居は早く受け取れというように袋を揺らした。なるべく佐木に近づかないようにしているのか、腕をピンと伸ばして、身体は半身で腰は少し引き気味だった。汚物に触れたくはないが、仕方ないので近づいている、そんな感じだ。
佐木は、はいはいどうせ俺は公衆便所のはみクソですよと呟くのだった。
「現場に残されていたスマホです。見ますか?」
「こら、鳥居。それは大事な遺留品なんだぞ、軽々し……」
「どうもどうも、貴重な品をありがとうございます。丁寧に見させてもらいますよ」
止めようとする近藤を押しのけて、佐木はスマホをさらっていった。
袋に入れたまま、スマホの表を見たり裏をみたりと観察する。そして、密閉されていた袋をおもむろに開けた。
「あれ?」
そう言って、袋の口に鼻を近づける。クンクンと匂いを嗅いだ。
「いい匂いがするね」
「スマホに匂いがついてるようです」
「スマホにねえ、変だな。持ち主の移り香とは思えないし」
佐木がしつこく匂いを嗅いでいると、近藤がスマホ入りの袋を取り返して自分もクンクンと嗅ぎだした。
「うーむ、こうやって袋に入れて嗅いだら、なんとなく匂うような気もするな。鳥居、現場で匂いがするって言ってたのは、これのことか?」
「はい。ちょっと気になってて……。佐木さんは、どうして移り香じゃないと思うんですか?」
近藤に答えた後、鳥居は佐木に質問した。間違った答えは許さないとでもいうように、じっと見据えていた。
「布地だったら、そりゃ少しは匂いが移ることもあるだろうけど、これに匂いが移るとは思えない。直接、強い香りのするものが付いたと考える方がしっくりくる、でしょ?」
鳥居は小さく頷いた。
そして、このスマホは被害者のものと推定できること、遺体の髪の毛からも同じような匂いを感じたことを伝えた。
「ところで、香水の匂いの持続時間でどのくらいなの? 俺にはとんと縁のないものだから全く分からない」
鳥居に尋ねながらも、佐木の指はキーを叩き検索をかけてた。
「えっと、私も詳しくはありませんが、オーデコロンだと濃度が薄いので1、2時間くらいで、濃い香水で8時間くらいと聞いたことがあるような……」
「あ、それ、パルファムってやつかな? 一番濃度が濃くて持続時間も長い。ここでは5時間から12時間ってなってる。幅あるなあ」
あれこれと検索をかけまくる佐木の横で、近藤がムッとしていた。
「それがどうしたっていうんだ」
「え? 分かんないんですか? 重要じゃないですか」
近藤がイラッと眉を吊り上げた。
しかし、その横で鳥居は、あっと呟いて口を押えていた。現場で閃きかけて霧散してしまった考えが、蘇っていた。
「佐木さん、この香り、嗅いだことありますか」
「あるね」
佐木がニッと笑うと、鳥居は小さくであったが力強く頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます