第8話 計算ずく
「気が合うねえ。俺の答えとほぼ一緒だ」
「うえぇ、死神骸骨と一緒とか複雑ぅ。で、なんなの? この質問」
「とある花師ファンサイトの入会テストだよ」
「へぇ、そんなのあるんだ! 面白そう! 愛美、テスト受けたからそのファンクラブに入れるの?」
なぜか天雲のテンションは、この部屋に入ってきてからずっと高いままだ。いつもこうなのか、今は昂ぶっているだけなのか分からないが、彼女には全く恐れが無くむしろ興味津々といった様子だ。
佐木の中では、先ほど浮かんだ1つの仮定が確信に近づいていった。
「俺はサイト管理者じゃないから、入会許可なんか出せないよ。っていうか、入りたいの? 入ってどうすんの?」
「え? 別に。そっちこそ、なんで愛美に入会テストなんかさせたの」
「天雲ちゃんがなんて答えるか興味があっただけ。俺と同じ答えだったってことは、考え方が似てるってことかもね」
「ええぇ、似てないと思うぅ。似てたくないぃ。キモ骸骨と一緒なんてヤダぁ」
「そこまで言わずとも……。それにしても、全然怖がらないんだね。君、狙われてるんだよ。分かってる?」
「大丈夫! 花師なんかへっちゃらだもんね。ふっふっふ、実は愛美にはこれがあるの! ほら、てってれーん!」
天雲は、肩から下げていたポシェットから、黒くて厳つい直方体を出してきた。
スタンガンだ。
「ね。襲ってきたら、これでブッ殺ぉーす!」
「おいおい」
近藤はため息をついた。天雲の危機感が薄いのはこれのせいだったのかと、脱力していた。素人はスタンガンを過信しすぎるのが良くないと常々思っている。
佐木も苦笑しながら話し続けた。
「T社の最高モデルか、強力なの持ってるね。でもスタンガンってさ、一時的に動きは止められても殺せないし、気絶もさせられないんだよね」
「え? 殺せないの? マジ? うそ!? 感電死するんじゃないの?」
天雲は、ゲェッと舌を出して顔を歪ませる。愛らしい顔が台無しだった。
そもそもスタンガンは護身道具であり、基本的に殺傷能力はない。放電の際の激しい光や音で威嚇して、自分に近づけないようにするためのものなのだ。
もちろん一瞬でも放電を当てれば、相手には鋭い痛みが走り反射的に身を退いてしまうし、戦意喪失にもつながる。5秒も当てれば、一時的に身体の自由も奪えるだろう。しかし、天雲が誤解しているような、簡単に人を殺せる武器では決してないのだ。
そして、当てなければいけないと思いこんで自分から相手に近づくのも、護身の意味からみて本末転倒だといえる。もしも奪われたら、返って危険なことになるのだから。
「ホントホント。だから特殊警棒も持っておくといいよ。スタンガン押し付けて怯ませたら、次は警棒で思い切り殴ってやれ。と言っても、君にできるなら、だけど」
「できるわよ、殺してやるもんね!」
ふふんと天雲は笑った。冗談とも本気ともとれる会話だったが、天雲には本当にやってしまいそうな危うさがあった。先ほどから目が笑っていないのだ。
我慢しきれず近藤が声をあげる。
「こらザキ! 変なこと教えんな!」
「もしもの場合の護身の話ですよ」
「護身なら、向こうが退いたスキに逃げるのが基本だろうが! だいたいな、こいつが花師と対峙するような場面にはならん! そのために保護してるんだろうが!」
近藤は佐木をガミガミと叱りつけ、その後鳥居に天雲を部屋に戻すように指示した。佐木が天雲から何か探り出そうとしていたのは分かるのだが、近藤としては危機感が薄く危なっかしい彼女に、余計なことを吹き込んでもらいたくなかった。
行きましょうかと鳥居に促されて、天雲はしぶしぶ部屋を出ていく。去り際に、佐木に向かって手を振り笑った。
「じゃね、刑事さん。えっとザギだっけ? あんた、キモいけど結構面白いねー。また色々お話してあげるぅー。バイバイ、ザギー」
「おー」
へへへと笑いながら、佐木も手を振り返した。
近藤は苦虫をかみつぶしたような顔で、ソファにどっと身を投げた。
「ったく、ザギよ。すっとぼけて警官のフリしてんじゃねえよ。それからあんまり妙な事を吹き込むな。あのお嬢ちゃんには昨日から手を焼いてんだから」
「どんな無茶ブリされたんです?」
「仮眠室のベッドが硬いだの臭いだの汚いだの、もっといいベッド用意しろとか、焼き肉喰いたいだの、カラオケやらせろだの、テレビだゲームだWi-Fiだ……」
「あっはっはっは」
「笑い事じゃねえよ。なんでああも危機感がねえんだよ。最近の女子ってのは……」
「面白い子じゃないですか」
佐木は床を蹴ってキャスターを滑らせ、近藤の前で止まると、ニヤリと笑った。
「あの子、多分、全部計算ずくですよ」
「ああぁ? 何が計算だって?」
近藤は思い切り顔を歪ませている。そして、骸骨づら近づけんじゃねえよと、佐木の椅子を足で押し返して溜息をついた。天雲のテンションに、近藤は疲れ果ててしまうようだった。
「多分彼女、SNSでわざとプライベートな行動を晒してたんですよ。あれはうっかりの範囲を超えてます。先輩だって変だと思ったでしょう?」
例えば、いついつにライブがある、友達も誘って来てくれ、ずっと応援してほしいといった活動報告や売り込みなら理解できる。しかし、そうした発信が少な過ぎるのだ。
本人は自分を知ってほしいと言っていたが、そのために日々の行動を晒すのは絶対におかしいと、佐木は強調する。
「今どこそこで映画見てまーす、明日はどこそこで遊びまーす、てな事ばかりなんですよ。ファンというよりストーカー募集してるようなもんでしょう」
「それはそうだが……天雲は宣伝の仕方を間違えてるだけかもしれん」
近藤は佐木の意見に否定的だった。天雲に何か思惑があるとは思えないようだ。
「そうですかねえ。彼女の口からはアイドルとして成功したいなんて言葉は全然出ませんでしたよ。心に無いことは、咄嗟には出てこないですからね。あの子は、細身の低身長で可愛くて黒のロングストレートの自分をアピールしてるんです。日常の行動もわざと流してるんです」
「はあ?! なんでそんなことする必要がある」
「彼女曰く、ドストライクにタイプだっていう人に見つけてもらうため、です。毎回写真も一緒に載せてるのもそのため」
「い、いや、それはファンを増やそうとして」
「先輩、それは無いって、さっき言ったでしょう? 天雲は花師の獲物の特徴をそなえてるんですよ。彼女はそれを自覚してますよ」
「だからって、なんで自分から花師を呼び寄せるまねするってんだよ!」
思わず近藤は前のめりになり、佐木のネクタイを引っ張る。椅子がすっと滑って近藤に近づくと、今度は佐木がむさくるしい顔を間近で見せるなと、両手で押し返すのだった。
「奴を殺したいからですよ」
佐木がニッと笑うと、一瞬、二人の間の空気がひやりと凍った。
「これも本人が言ってたじゃないですか。冗談めかしてましたけどね。あの怯えの無さは、自分が望んで引き寄せたからだと思うんですよ。まあ、本当に怖くないかっていったら、ただ強がってるだけかもしれない。でも、自分の不幸を嘆いている感じは全然無いもんなあ。あ、そうか、もしかしたらアイドルになったのも彼女の計画の一部で……うん、わざと目立つ仕事をして……。そうまでして花師に会おうと……いや、殺そうとしている……何故、殺したい? そりゃ、花師死ねって思ってる奴は世間にごまんといるが、普通はギャーギャー吠えるだけで行動しない。義憤に駆られてそこまでするか? 天雲は花師を知っていたりするのか? だから勝負をかけたとか? いやいや、スタンガンだぞ。あんなもんで立ち向かう気でいたんだとしたら、ただのバカだ。負け試合だ。無鉄砲というかなんというか。怖い怖い。殺すんだったら最低でも刃物だろ。もっといいのは拳銃だけど、手に入れるには………………あ、先輩、保護できて本当に良かったですね」
途中から自分の世界に入ってしまい、つい心の声を漏らしてしまった佐木だったが、近藤の怒りに満ちた視線に気づくと取ってつけたように笑った。現役警官の前で物騒な発言はよろしくなかった。
「バカか。武器の問題じゃねえんだよ。花師と出会うことがあっちゃいけねぇんだ」
「ごもっとも」
「天雲が花師を殺そうとしてるなんて、あり得ないだろ」
「うーん、あり得ないですかねえ」
天雲が花師を殺したがっている証拠なんてない。SNSにしたって状況証拠にすらならない。ただの直感なのだ。それに、本当に花師を殺すために自分を囮にしていたのだとしても、動機が見えなかった。
一番安易な推測は復讐なのだが、近藤からは犠牲者と天雲に接点があるという話は聞いていない。
ふむと考え込んだところで、鳥居が戻ってきた。
「天雲さんはそこまで無謀でしょうか?」
話を聞かれていたようだ。
鳥居はスタスタと歩いてくると、机の上にあった自分の荷物を片付け始めた。
「鳥居ちゃんは、あの子が何か企んでるとは思わない?」
鑑識が撮った現場写真と花師がネットにあげた写真を、ニヤニヤと見比べながらたずねると、鳥居は汚いものでも見るように佐木を睨んで、書類を整える手を止めた。
「天雲さんは花師をとても憎んでいるのだろうな、とは感じています。昨日も悪口ばかり言ってましたから。でも、だからって花師を殺そうとまで考えるでしょうか。ただ、ネットカフェで天雲さんに声をかけた時、違和感を感じました。いきなり声をかけられればドキリとするのは分かります。しかし、彼女の緊張の仕方は少し過剰でした。それに警察だと名乗ると、ふっと肩の力を抜いたのです。普通は逆です」
なるほどと、佐木は頷く。何もやましいことが無くても、警官の身分証を見せられれば、大抵の人は緊張するものだ。
「そうなんだよ。その時、彼女はネットに自分の写真が載ったことに気づいてたんだ。それで花師が来たと思い緊張した。もしかしたらポシェットの中のスタンガンを掴んでいたかもしれない。でも来たのは警察だった。彼女としては、ホッとしたようながっかりしたような、そんな気分だったんだ」
「それは佐木さんの憶測でしかないです。別の原因があってのことかもしれません」
書類のファイルを鞄に入れ、鳥居の片づけは終了した。鞄を肩から掛け、近藤を振り返る。
「準備が整ったそうなので、今から天雲さんを移動させます」
「そうか、よろしくな。天雲には鳥居が付くことになってるんだ。ホテルの部屋を借り上げてな。これから24時間警護さ」
「うわあ、鳥居ちゃんキツイね。でもチャンスだ、あの子から色々話引きだしてみるといいよ。どんなことでもいいから」
突然、鳥居はバンと机を叩いた。
「あなた、何様のつもりなんですか?!」
キッと佐木を睨みつけている。上から目線で口出しをする佐木が鬱陶しくてならないようだ。いくら元刑事とはいえ、今は一般人だというのに取り調べまがいのことまでしたのが、さらに気に入らない。しかも、近藤がそれを許していることが、輪をかけて鳥居を苛立たせていた。
警察という縦社会において、近藤が善しとすることに鳥居が異を唱えることはできない。しかし、気に入らないものは気に入らないのだ。文句の一つも言いたくなるのは仕方のないことだろう。
「新米に元刑事からアドバイスしてやろうってつもりなら結構ですから!」
「えぇぇ。いや、俺は……」
鳥居はさっさと出て行ってしまった。
まったくそんなつもりではなかったのになと、佐木はポカンと口を開けてその後姿を見送るのだった。
単に、利用できるものは何でも利用しようとしていただけだった。鳥居ならば、天雲との他愛ない話の中から、有用な情報を選別して近藤に報告できるだろうから、それを横から頂きたいと思っていただけなのだ。新米刑事を教育してやろうなんて考えはよぎりもしなかった。
近藤が呆れたように鼻で笑いながら、上着を羽織った。
「完璧に嫌われたな。じゃ、俺らもいくとするか」
「どこにですか?」
「昼飯だよ。その後、聞き込みにいく」
「ああ、めしは先輩一人で行ってくだい。俺、腹減ってないんで」
「いいから付き合え。家まで送ってやるから」
強引に腕を引っ張られてしまった。
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