勉強しなきゃ

忍野木しか

勉強しなきゃ


 濡れた草木の光る梅雨の晴れ間。

 図書館に向かっていた藤田美織は洋風のカフェの前で立ち止まった。勉強前に甘い物が欲しくなった彼女。ガラスの扉に向き直ると店内に足を踏み入れる。

 休日の朝。閑散とした店内。奥の机に座った美織はコーヒーセットを頼んだ。明るい窓際で大学ノートを開く美織。シャーペンを片手に鞄から参考書を取り出すと、コーヒーとケーキが運ばれてくる。

 白い湯気の波立つ藍色のマグカップ。参考書を仕舞った美織は香ばしい匂いを味わいながら、スモモのショートケーキにフォークを立てた。店内に流れるゆったりとしたクラシックピアノ。机の隅で光る白いページ。受験勉強の事などすっかり忘れて、彼女は甘酸っぱいスポンジを噛み締める。

 空いた金模様の皿にフォークを置く美織。コーヒーを啜りながら携帯の画面をタップする。ツイッターを開くと撮影したケーキの画像を投稿した。そのままラインで友達と連絡を取り始める。

 気が付けば十二時を回る壁の時計。店内は人の声で賑わっている。

 美織は慌てて立ち上がった。

 勉強しなきゃ。

 急いでカフェを出た美織は図書館に向かった。

 雲のない空は青い。照りつける日差しが美織の白い肌を焼く。帽子をかぶって来るべきだったと後悔する美織。ビルの影に逃げ込むと、窓に写る麦わら帽子が目に入る。ワンピースを着たスタイルの良いマネキン。涼しげな青い帽子。吸い寄せられるように店内に足を踏み入れた美織は、夏服の物色を始める。受験の為にバイトを辞めた美織は金欠だった。取り敢えず、目に映る欲しいものを手に取っては買う予定を立てていく。小さな音を鳴らすシャーペン。筆箱が鞄の中で揺れた。

 勉強するんだった。

 とぼとぼと外に出る美織。既に太陽は西に傾き、木影が道に伸びている。僅かにお腹の空き始めた彼女は立ち止まった。図書館は歩いて十分ほどの距離にある。

 もう、今日は帰ろうかな。

 携帯を手に取る美織。その時、少し高い男の声が頭上に響いた。

「やあ美織ちゃん、久しぶり」

 白のサマーニットに紺のパンツ。瑞波翔大は片手を上げた。

「あ、先輩。お久しぶりです!」

 美織は弾けるような笑顔を見せた。慌てて携帯を仕舞うと前髪をいじり始める。およそ数ヶ月ぶりの再開。僅かに戸惑う美織。

「久しぶりだね。元気だった?」

「は、はい! めっちゃ元気です」

「はは、部活の皆んなは元気にしてる?」

「皆んな元気ですよ。勉強で忙しくて全然遊んだり出来ないですけど」

 美織は大袈裟にため息をついた。

「ああ、そっか三年は受験勉強で忙しいからね。美織ちゃんも勉強?」

「あ、えっと、そうです。今から図書館行こうかと思って……」

「へぇ、そうなんだ、それは邪魔しちゃったね」

「いえいえ、そんな」

「勉強頑張ってね。来年、受験が落ち着いたら、また皆んなで集まろうよ」

「はい、頑張ります!」

 翔太はニッコリと微笑むと「またね」と手を振った。

 サッと頭を下げる美織。先輩を見送った彼女は、図書館に向かって全力で走り出した。


 

 

 

 

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