暗記科目は何度も覚えることが鉄則!

「帰ったぞ〜」

 なんとも気が抜けた返事をしながら家に入るとリビングでは妹がゴロゴロしながら漫画を読んでいた。

「おかえり〜」

 そして妹もまた気が抜けた返事をする。やはり俺たちは血の繋がった兄妹のようだ。

「お邪魔しま〜す」

「お邪魔します」

 2人が俺の後に入って挨拶をすると、舞はすぐに飛び上がる。なかなかにいい動きだ。さすが日頃から運動しているだけはある。お兄ちゃん関心!

「こんにちは」

 2人に実に眩しい笑顔で挨拶する舞。流石であるこの笑顔一つでクラスの中で中心にいれるのではないだろうか?

「舞、今から勉強するがお前はどうする?」

 2人と舞はすでに顔見知りで、先ほどのようなダラダラした姿こそあまり見せたがらないが、結構フランクな付き合いができる仲だ。勉強に混じることぐらい問題はないだろうが、舞はしばらく悩んで末に「私はいいや。テストまだだし、やる気ないし」といって断り、順に近づいて行く。

「ねぇなんかオススメのアニメない?暇だからなんか一気見したいんだけど?」

 どうやら潤にアニメについて聞きたかったようだ。ちなみに舞は潤に対してはタメ口である。蒼太にはしっかりと敬語である。つまりあいつの中では蒼太>潤という感じだそうだ。潤お前俺の妹になめられてるぜ……

「おお、そうだな。じゃあこれなんてどうだ?なかなか激アツ展開で燃えるぜ。とくに第10話なんか―――」

 しかし潤は特に気にした様子もなく楽しげに舞にオススメのアニメを教える。だが、ここでオタク特有の面倒さが発揮してか、そのアニメについて語り始めようとする。こうなると長くなるのは俺も蒼太もすでに理解している。

「おい!潤、気持ち悪い顔で貴様の趣味を語るのは後だ。今は使ってもない90%の脳みそを使うことに専念しろ」

「蒼太のいう通り、貴様このままいけばどうせ赤点なんだから今は勉強に集中しろ」

「蒼太さんのいう通りだよ。勉強しなよ」

 どうやら潤に味方はいないようだ。

「ふっ、周りは敵だらけか……だがしかし!」

 男子なら誰しも通る中二病的セリフを吐く潤。だが悲しいかなその様子を見ても全く感想が出てこないというか興味がわかない。蒼太もさっさと勉強の準備にかかり舞も聞くだけ聞いてそそくさとイヤホンをし、アニメを視聴始める。俺も俺でさっさと勉強の準備を始める

「……さぁ、やるか」

 ゲロほど滑った自覚があるのか潤はおとなしくペンを握り始める。



 俺たちが勉強する科目は文系科目だ。今回の目的は潤の成績アップが目的である以上理数系は置いておいて大丈夫だからだ。そして本来勉強というものは1人で黙々とやったほうがいいが、場合によってはそうでもない。今回がその場合なのだ。

「いいか今回覚えるイスラームの時代区分としては4つだ。ムハンマド時代、正統カリフ、ウマイヤ朝、アッバース朝だ」

「ちなみにアッバース朝の時代に後ウマイヤ朝が756年に、あと4つの時代のムハンマド時代は始まりは曖昧だが、622年にメッカからメディナに移住し、632年にムハンマドが死んだことで終わりそこから661年まで正当化リフ、750年までウマイヤ朝、そこから1258年までアッバース朝だ」

「さらにいうと661年にスンニ派とシーア派が分裂し、711年には西ゴート王国、まぁ今のスペインあたりの場所を滅ぼしイベリハ半島をゲットし、762年にはアッバース朝のアンスールがバクダードを建設したなどなど覚えておくほうがいい」

「待て待て情報が多いし、話す速度が早え!」

「ワザとだ。全てを一回で覚える必要はない。何度もやるんだ」

 勉強というのは基本的に頭に入れる行為、インプットと頭に入れた情報を出すアウトプットが必要だ。そしてその中でもアウトプットを多くすることで頭に定着しやすいのはもうすでにみんな知っていることだろう。だから俺たちはこれを利用してめちゃくちゃアウトプットしてやろうというのが魂胆だ。潤の成績が上がり俺たちの成績も上がる実にwin-winの関係だ。

「さぁどんどん行くぞ問題も出してやるから今入れたものをすぐにアウトプットだ」

「いやさっき一回で覚えなくてもいいって言ったじゃん!」

「言ったが、それは問題を解きながら再度覚えて行くということだ」

 蒼太が次々問題を出していき、当然ながらはじめの正答率は悪い。だから間違える度に蒼太は正しい情報を与えて行く。そして俺は横からそれに対する補足情報を入れる。この中では世界史に関しては俺が一番できるから、このようなマイナーな知識をアウトプットする方が俺はいいのだ。

 そしてそれを聞いて蒼太も教えながら学んでいるようだ。

 今の時刻は17時。あと二時間はイケるだろう。その間に他の文系科目特に英語をこいつに一通り叩き込まなくてはならない。なかなか骨が折れそうだ。



 時刻は19時に近づこうとする時間。そろそろ夕飯時の時間だ。我が家でもこの時刻頃には晩御飯だ。俺の胃袋も早く食べ物を入れろと命令している。俺はこの命令に逆らうつもりはない。

 潤が蒼太に罵倒されながらも、少しずつ知識を入れている中、俺はたまに会話に入りながら晩御飯の準備をする。

 本日のメニューはチキン南蛮だ。作り方はほとんど唐揚げと同じだ。俺はいつものように慣れた手つきで鶏肉を一口サイズに切りながら調味料、醤油、料理酒などを入れていく。調味料の量はどれぐらいだって?そんなものはフィーリングである。いちいち気にしていない。そしてそれらを一気に混ぜる!

 しかしこの作業なかなかに大変である。なにせ今回は家族4人分+野郎2人分も作るのだから。鶏肉の量が大変な量なのだ。これはなかなかに良い筋トレになるぜ!しかし不思議なものでこういう作業俺は嫌いではない。腕が痛くなるのは事実だが、それをも楽しみながら俺は気分よく作業を進める。

「ほい、タルタルできたよ」

 そして隣で俺を手伝ってくれていた舞がタルタルソースの完成を報告し、そのまま去って行く。俺の妹のことだ。調味料の量なんざ測っていないに違いない、俺はそう思いながら、スプーンで少しタルタルソースを取り、手に乗せる。そして下で出来具合を確認する。見事なタルタルソースである。酢もマヨネーズも砂糖もちょうどいい具合に混じっている。さすが慣れてきただけのことはある。昔は俺が主体的にやっていたためにどうも上手いこと言っていなかったが、ここにきてかなりの上達だ。

 俺は再びイヤホンを耳に挟もうとする舞を呼び親指をグッと立てると。舞もそれに応じるように親指を立てる。兄妹関係は実に良好である。舞の料理スキル上達を喜びながら、家事の負担が減ることを大いに喜びながら料理に注意を向ける。

 俺がやらなくてはならないことはこの大量の鳥肉をこれから上げていくことだ。これがなかなかに時間はかかる。だがもたもたしている暇はない。こいつとともにご飯を早く書き込みたいという欲求のために俺は速やかに行動に移す。取り出したのは大きなフライパン二つ。これなら大量の鳥肉を処理できるだろう。そしてキッチンでやるべきことはこれだけ、つまりコンロも空いているのだからなんら問題はない。俺はすぐさまフライパンに油をしき、火をつける。だが今回は鳥肉を揚げずに焼く、なにせこの量に加え後に甘酢を加えるのだからなみなみ油を入れていては面倒だ。それに案外唐揚げのようになるから問題なし!後うまい!

 俺の意見を裏付けするかのように熱したフライパンに落とされた鳥肉たちは美味しそうな音を立てながらリビングを実に旨みを含んだ空気で満たす。それには聴覚を塞いでいる舞や勉強に集中している潤や蒼太にも気づいたようだ。腹を刺激するこの匂いはたまったものではない。どうやらリビングにいる人間は全員己の腹を刺激してしまったようだ。そしてその腹は早く食わせろと暴れ始めてしまっている。おかげで潤なんかはもうそいつを窘めることができないようだ。蒼太はそれなりに躾けられているのかあまり変わりはないが、それでもそれなりの付き合いだ。集中が途切れていることぐらいわかる。

 そして勉強中の人間にとってはさらに悲劇なことに、俺がしっかりと洗い、水につけておいて米がもうじき炊けるせいか、炊飯器からそのお米特有のいい匂いまでも漂ってくる始末だ。俺ならばこんな状況下では勉強などできないだろう。

「そろそろ飯ができる。勉強はそこまででいいんじゃないか?」

 もはや勉強どころではないだろうし、俺はここで中断を提案する。すると潤はそれはもう嬉しそうな表情を浮かべる。ただこれが人懐っこいヒロインならばなかなかに萌えるところだが、こいつにそんな表情をされたところで何も感じない。やっぱやる人によって感じ方は違うよな。

「そうだな。俺もそろそろ腹が減ってきたしな」

 蒼太も俺の提案を素直に受けてくれる。まぁ集中していない状況でやっても仕方ない。それにあと10分もすればできるのだからその判断が懸命だ。

「じゃあ取り皿とか用意してくれ」

「了解」

「うぃす」

 ちなみにこいつらは結構俺の家で食べてることがあるので取り皿ぐらいはどこにあるかは分かっている。



 それから程なくして食卓には完成した料理が並べられた。メニューは実にありふれたものだ。炊きたてのご飯に、味噌汁、サラダと今回のメインのチキン南蛮。いかにも家庭の食卓のようだ。だがこれでいい、好きなものを作り好きなものを食らうのがいいのだ。それに美味ければ誰も不満なんてない。これが自分で作るいいところだと俺は思う。

「「「「いただきます」」」」

 しっかりと手を合わせて食事の前の挨拶をする。これは日本の良い文化だと俺は思っている。さてまずいただくのはサラダ。野菜はしっかりと取らないといけない。それも定食で出てくるような少量のサラダでは不十分だ。だから我が家では全員のさらにしっかりと盛り付けられている。問題はないだろう。ここにいる人間は少なくとも葉っぱが苦手という人間はいなかったはずだからな。

 うん、いつもの味である。特になんか特別な感想があるわけでもない。他の面々もそうであろう。

「さてさて」

 潤はその大量にあるチキン南蛮を取り、タルタルソースをたっぷりとかける。そして箸を持ち上げると溢れてしまう。だが、一番うまそうな食い方である。それを大きく口をあげて一口で食べる。少し熱かったのか、口をパクパクと動かしている。だが少ししたらそれも慣れてきたのか、ゆっくりと味わい始めた。そう思ったやさき一気に米をかきこみ始める。一つで、米がおよそ半分は減ったのではないだろうか。それほどいきよいよく米を口に入れていったのだ。そしていっぱいになった口を懸命に動かし、徐々に胃袋の中に落として行く。そして全てを胃袋に落とした。

「うまい」

 一言潤は言った。それを聞いて俺の頬がついつい緩んでしまう。ほんの少しだが。やはり飯を作って誰かに振る舞う時、「うまい」という一言は何よりも嬉しいものである。それだけで作った甲斐があるというものだ。こういったポジティブな感想は人を気分良くするものだということを俺は料理を通して学んだのだ。舞に言われた時も嬉しかったものだ。

「そらそうだ。俺が普段どれだけ家事していると思っている」

 だが、その言葉を素直に受け止めるのはなんか癪なのでいつものように返しておくとしよう。その方が自分らしくていい。

「これは照れてますな」

 随分とニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべながらこちらを見つめる我が妹。だがその読みは間違いである。俺は決して照れてなどいない。だから俺は舞に対して否定の意味を込めた視線を送り、俺もまた一つチキン南蛮を口に運びながら米をかきこむ。うん我ながらなかなか上出来だ。米の炊き具合もバッチリだ。

「あっ、誤魔化した」

「これぐらいで照れるなって、美味いぜ」

 潤がおちょくるようにそう手を振るが、全くもって勘違いをしている。俺は照れてなどいないのだ。だが、残念ながらこの場で顔を赤らめながら必死に弁解してもそれは見苦しいだけだ。だから俺はその誤解を甘んじることにした。

 相手が反撃してこないのが不服そうな表情を見せるが、これ以上掘り下げても仕方ないと判断したのか目の前にある飯に彼らは意識を向けた。

 それを見てホッと一息つき俺もまた飯に意識を向ける。そして一分もすればまたどこでもある食事風景が流れ出す。なんら特別なことではないいたって普通の光景だ。そこで俺はふと奏さんを思い出す。あの時、奏さんのお母さんが帰ってきたのだから奏さんもまたこのように食事をしているのかと気になったのだ。だが、このいたって普通の光景は残念ながら見られていないのだろう。それは今までからおよそ推測できる話である。

 食事は俺の中で大切なものの一つである。中には食えたらなんでもいいという輩もいるが俺はそう思わない。美味いものを存分に胃袋に入れ、それを一人で黙々と楽しむのも良し、誰かといるならそれを共有するのも良し。ただそこに「幸せ」があるべきであると考える。無論これは俺の勝手な考えであるが、もし奏さんがそれを享受できていないのなら俺は知ってもらい、知っているのなら思い出して欲しいのだ。

 誠に勝手な思いを抱きながら俺は米をかきこむのだ。

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