オルトロス

SHOW

プロローグ

 我々は怪物にけがされた!


 断固として怪物を根絶やしにする必要がある!!


 そう書かれた古い張り紙が繁華街の電柱や壁に貼られている。


 能力者と呼ばれる異能力に目覚めた人が現れ、国内人口の半数を占めるようになった。


 最初の頃は世界の終焉しゅうえんや国の陰謀いんぼうなど騒がれていたが、今では過去のものである。


 今は『人間は終わった』とうたわれるようになった。


 人とは違うものを持っている。


 自分が特別な存在であると錯覚し、異能力を悪事に利用する者が現れた。


 能力者は人間の敵だ。


 理不尽な常識が成り立つこの世界は本当に終わったのかもしれない。


 電柱に貼られた張り紙が吹き飛び、電柱が倒れる。


「能力者だぁぁぁぁぁぁ!!!」


 群衆ぐんしゅうの悲鳴、壊れる車、鳴り続けるクラクション。


「こんな世の中壊してやる!」


 二メートルはあろう大男が公共物や車を壊していく。


「化物!」


 群衆に紛れるひとりの言葉が化物を振り向かせる。


「今、なんてった? なんてったぁぁぁぁぁぁ!!!」


 力を見せるように軽々しく車を片手で持ち、そのまま群衆に放り投げた。


 群衆は静かになり、宙に浮かぶ車を見つめるだけだった。


 その刹那、オレンジに輝く一閃の光が車を真っ二つに斬り裂き、そのまま空中で爆発した。


 群衆と化物はその光景を見て動きが止まる。


 頭の中に浮かんだのは『何が起こったんだ』という疑問だけ。


「面倒臭い」


 群衆の方からそんな声が聞こえた。


 化物は視線を群衆に向けると、一人の男が群衆をゆっくりゆっくりと避け、化物の方に向かってくる。


 その姿は顔が隠れるほどに伸ばした黒いボサボサ髪で、オレンジと黒を基調とした服を着崩して着ていた。


 男は化物の目の前に立ち、見上げる。


「なんだお前は?」


 化物がそう言った瞬間、何か違和感を感じ、咄嗟とっさに避ける。


 化物の視界に入ったのは目の前の男とちゅうに浮かぶ二本の橙色の剣と赤くクロスに斬られたアスファルトだった。


 男が死んだ魚のような目で避けた化物を見つめる。


「避けるなよ」


 男がそう言った瞬間、群衆の一人が「能力者同士がやり合うぞ! 逃げろー!!」と群衆は逃げ始める。


 化物は周りが大きく動いていることに意識せず恐怖した、こいつは俺を狩る者だと理解したのだ。


「ふざけるなぁぁぁ! 」


 化物の巨大な拳が男に向かってくる。


 その拳を見つめながら男は「ラストよろしく」と言うと、化物の右肩に穴が空いた。


「いてぇぇぇぇぇぇ!!!」


 繁華街に車のクラクションと阿鼻叫喚の悲鳴と怪物の叫び声が奏(かな)でられた。


「命中☆」


 青い拳銃を持った淫靡いんびな服にふわりと柔らかな匂いをらす茶髪ポニーテールの女性が、慌てふためき逃げる群衆を尻目に、銃口を向けながら男の方へ歩いてくる。


「スロウス、とどめ刺さなくていいの?」


「だるい、ラストやってよ」


「そう? あの人あなたに惚れているみたいだけど?」


 ラストと呼ばれている女性がスロウスと呼んだ男性にそう言うと、化物は右肩を抑えながらこう言うのだった。


「なんだよお前ら! お前らも能力者ならなんで俺を攻撃してるんだよぉぉぉ!!」


 化物の視界にはうつろな目でじーっと見つめるスロウスの姿。


「はぁ——はぁ——はぁ、なんか言えよ……なんか言えよ!」








「人に危害くらえた時点でお前はヴィランだ」








 その一言を聞き、化物は下を向く。


 そして、歯を食いしばりこう言うのだ。


「それが……てめぇの言いたいことか……クソがぁぁぁぁぁぁ!!」


 そう叫んだ瞬間、宙に浮かんでいた二本の剣が化物をクロスするように斬りつけた。




「こんな世の中……間違ってる」




 化物の体はガラスへ変化し、バラバラに砕け消滅する。


 繁華街に車のクラクションが鳴り続く中、スロウスの通信機に着信音が鳴った。


 スロウスは耳につけている通信機のボタンを押すと何もない空間に画面が現れる。


 そこには『グラトニー』と表示されていた。


 画面を押すと、映ったのはハンバーガーを食べているぽっちゃり体型でツーブロック黒髪のおっとりした男だった。


「もぐもぐ……見たよぉ、すごいじゃないかぁ」


 男がそう言った瞬間、体格のいい角刈り黒髪の男が画面に入ってくる。


「おう、小型ロボットから見たぞ! 大手柄だな!!」


「さすがうちの嫁といったところだな」


「あぁ! お前らコンビは最高だぜ!」


 男が元気にそう言うとおっとりした男が咀嚼音そしゃくおんを出しながら「そうそう」と話しを止める。


「招集がかかったから早く帰ってねぇ」


「ん、了解」


 スロウスはそう答え、画面を切る。


 ラストがスロウスに「招集しょうしゅう?」と問いかける。


 彼は「みたいだね」と答え、二人は腕を組みながら繁華街から離れるのだった。




 場所は変わって、とある高層ビルの最上階。


 二人の男が各々自分のことをしている。


 ある男は袋に入った肉まんを食べ、ある男はネット通販を閲覧えつらんしている。


 扉が開き、全員が振り向く。


 そこにはスロウスとラストが腕を組みながら立っていた。


「もぐもぐ……ふぁたぁりぃとぉもぉおかぁいぃ」


「ははは! グラトニー食べながらじゃ何も聞き取れないぜ」


 そう言われたグラトニーは口の中に入っていた食べ物を飲み込む。


「二人ともおかえりぃ」


「ただいま」


「ただいまー、グラトニー美味しそうな肉まんだね」


「あげないよぉ——あん、もぐもぐ……」


 袋から新しい肉まんを取り出し食べるグラトニー。


 ラストは「いらない」と答え、スロウスの腕を強く組みつく。


 スロウスは彼女の頭を撫で「グリードはいい商品あったか?」とネットショッピングを見ているグリードに聞いた。


「いっぱいあるぜぇ。掃除機、パソコン、ゲーム機もいいなぁ。あぁ全部ほしい!!」


 グリードはスマートフォンの画面を見直す。


 扉が再び開く。


「若さは素晴らしいな。希望や未来がある」


 そこには銀髪オールバックの中年の男が立っていた。


 スロウスはその男を見て「エンヴィー……」と一言言う。


 エンヴィーはスロウスに一瞬振り向き、そのまま奥にある円卓へ向かう。


「我々は差別される」


 全員の目がするどくなる。


「能力者であり、さらには社会不適合者だと。しかし、そんな我らにしか出来ないことがある。このにくまれた力を使い人々を守るのだ」


 エンヴィーは席に腰掛け、顔の前で手を組む。


 そして、各々が円卓の席に座る。


「目には目を、悪には悪を! 異能力という悪をもって大義たいぎせ!」


 ここに集結する。


「さぁ、世界を罪であばけ」










『オルトロス』

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