第22話「条件」
礼音が招待されたのは料亭の個室だった。
「料亭……個室……」
見るからに高級で風格もあるたたずまいに、礼音の気持ちは落ち着かない。
「おや、あなたは日本人だから日本食がよいだろうと判断したのだが」
リチャードは怪訝そうにする。
「レオン、にがてなの? かえてもらう?」
とエヴァは無邪気に聞く。
「いや、大丈夫だよ」
礼音はぎこちなく応じる。
(よくわかんないけど、このレベルの店だったらキャンセル料とかとられるんじゃ?)
と彼は思うし、そもそも飲食店のドタキャンは迷惑行為だろう。
腹をくくってつき合うしかない。
「ならいいけど」
とエヴァは心配そうに彼を見つめる。
「料亭は来たことがないからね。どうしたらいいのか、わかんないことが多いと思うよ」
隠しても仕方ないと彼は打ち明けた。
「なに、個室だからかまわないだろう。私たちもそれほど日本のマナーに詳しいというわけでもないし」
とリチャードは朗らかに笑う。
「ワタシ、まだハシの使い方に慣れてないのよね。難しいわ!」
とエヴァも無邪気に笑った。
「箸の扱いに自信がないのは俺もだな」
と礼音はつぶやく。
すくなくとも上手いと言われた記憶はない。
リチャードが頼んだ料理が順番に運ばれてくるが、礼音はすこしも味がわからなかった。
(素材も味もこっちのほうが上なんだろうけど、何も感じない……)
緊張したら料理は楽しめないんだなと実感する。
「あまりくつろいでいただけなかったようで……」
お茶を持ってきてくれた店の人が、礼音に対して詫びた。
「え、いや、そんな、悪いのは勝手に緊張した俺なんで……」
彼はぎょっとする。
悪いのは店の雰囲気にのまれてしまった自分だろうに、どうして店側が謝るのか。
「お客様にくつろいで楽しい時間を過ごしていただくのも、わたしどもの務めですから」
という答えに、礼音はプロとしての矜持を感じる。
「恐れ入りました……自分が言うのも何か違うかもしれませんが」
不思議なもので彼らの姿勢と誇り高さに感銘を受けた礼音は、ようやくリラックスできた。
「これが日本の礼節、美意識か……」
とリチャードは感心し、
「アメージングね、おじい様!」
エヴァは目を輝かせている。
ふたりはふたりで何か勘違いしてそうだったが、礼音は何も言わなかった。
「さて話に入りたいんだが」
とリチャードは言う。
「はい」
やっと本題に入ってきたなと礼音は内心身がまえる。
「そろそろエヴァが日常に復帰できそうなんだ。そこで土日だけでもいい、【アルカン】へいっしょに行ってくれないか?」
とリチャードは言い、
「ワタシとチームを組んでくれない? おねがい!」
とエヴァが可愛らしく礼音に頼み込む。
「組むのはいい……オッケーだけど、本当にいいんですか? 許しても?」
と彼はリチャードに聞く。
「認めるしかないという状況だ」
リチャードは複雑そうな表情で答える。
「あなたの言うことはよく聞いていい子にすると、この子は主張している。あなたの指示に従わないならその場で連れ帰ってくれてかまわない」
老人の言葉に礼音はゆっくりとうなずいた。
「その条件でいいなら」
エヴァが彼の手に負えるなら問題はない。
心配なのは彼に従わず勝手な行動をすることだった。
「ワタシ、そんな聞き分けない子じゃないわよ!」
とエヴァは不本意そうに主張する。
「……いまの私にはとても同意できないね」
リチャードが苦笑して言う。
(孫娘に相当甘そうな人がこの反応って、どんだけワガママ言ったんだよ?)
と礼音はこっそりと呆れる。
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