第15話「電話」

 とりあえず礼音は自宅に戻って、動画配信サイトの利用手続きをした。

 それから話題になっているアニメを視聴する。


「おもしれーな」


 ストレスフリーと言われるアニメ、主人公が活躍する燃え路線の二本のどちらも面白かった。


「……いまの俺っていくらでもアニメ見れるんだよな」


 とぽつりと言う。


 年間の定額視聴料は一万円未満なので、彼の口座に入ってる金額的には100年見ても平気だ。


「どうすっかな。何でもできそうだけど、かえって何をしたらいいのかわかんないぞ、これ」


 突然選択肢が大量発生した結果、何も選べない。

 いまの礼音はそんな状態になっていた。


 選択のパラドックスというやつだろうか。


 彼は空腹を感じたのでコンビニに行って食料を買い込み、自宅に戻って再びアニメを楽しむ。


「コンビニで1200円分も買うなんてぜいたくだなぁ」


 と彼は満足する。

 もちろん人から見ればささやかすぎると笑われるだろう。


 それでもいいかなと彼は思っていた。

 夕方になったとき、不意にスマホが鳴ったことに礼音は驚く。


 両親はすでに亡く、友人もおらず、勤め先をクビになった。

 いまの彼に連絡してくる人なんて心当たりがない。


「もしもし」


 一応出てみると、


「三日月さんの番号で間違いないでしょうか? わたし、異世界事務局渋谷支部の天ケ瀬と申しますが」


 と天ケ瀬のやわらかい声が耳に届く。


「はい、三日月です」


 何だろうと首をかしげながら礼音は応対する。


「実はベジョツ氏から連絡があって、孫娘が快癒に向かっているので改めてお礼がしたいそうです」


「……いくら何でも早すぎませんか?」


 天ケ瀬が何を言ってるのか、礼音はとっさに飲み込めない。

 

「おっしゃることはわかります」


 彼の心境を察したのか、彼女はそっと息を吐きながら同調する。


「何でもベジョツ氏はお孫さんと一緒に来日されていたそうで、さっそく【ヌーカ】を使ったみたいです」


「えっ?」


 天ケ瀬の説明に礼音は目を丸くした。


「来日できるんですか? 薬が必要なのに?」


「詳しいことはわたしも聞いていないのですが……」


 彼の疑問に対して、彼女は言葉を濁す。


「すみません、天ケ瀬さんに言うことじゃないですね」


「いえ、疑問はもっともだと思います」


 ふたりでベジョツ氏と孫娘について疑問を浮かべる。


「いずれにせよお時間ある日にもう一度、というのが先方の希望なのです。三日月さんのご都合はいかがでしょうか?」


 天ケ瀬は申し訳なさそうに聞いた。


 ベジョツ氏は孫娘の命がかかっているとしても、薬ひとつに200億出せるような富豪だ。


 異世界事務局としても配慮したいのだろう。


「明日なら大丈夫です。昼でもいいですか?」


 礼音が言うと、


「はい。明日のお昼ごろ、ご足労おかけいたしますが、渋谷支部までお越しください」


 天ケ瀬は安堵したように答える。


「大変ですね」


 思わず彼が同情すると、


「仕事ですから」


 割り切ったトーンで彼女は言った。


(すごいな)


 と礼音は感心する。

 自分にはまねできないと思うのだ。

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