chapter.11

「楽しいこともついでに……って何するつもりよ」


 ヨミの丸い瞳がフレッドの手のひらの上に現れた手榴弾に更に丸くなるものの、すぐに胡乱げな視線へと変わる。一方、そう訊ねられると、フレッドはよくぞ聞いてくれましたと満足げな笑みを浮かべて応える。


「たとえば、面白い奴を見つけるとか」


 安全ピンの輪に他方の人差し指を引っ掛けたかと思えば、軽い金属音を響かせて引き抜き、少し離れた建物の陰目掛けて、アンダースローで宙に転がすように投げ付ける。予告もなく放たれた手榴弾にぎょっとしてヨミは身を屈める。


「邪魔する奴をぶっ飛ばしてスカッとするとか!」


 数秒後、派手な音を立て手榴弾は爆発し、建物の残骸までをも粉みじんにしてしまうと共に、二体のコフィンを出現させた。運良く爆破を免れたのか、一人の男が爆風の中懸命に這い出てくるが、どうやら足をやられたらしく、点々と血の跡を落としながら必死に足掻いている。


「あら、いらっしゃったのね」

「爆弾……!どこから出したのか知らないけど、使うなら一言言いなさいよね!」


 爆風で揺れるスカートを押さえ、顔に振りかかるブロンドの髪を耳にかけながら、カリーナが意外そうに呟くが、遠くの景色を眺めるような表情からして、特に驚いている様子もない。その後に続けてヨミがもっともな抗議をするが、二人の声などフレッドの耳には入っていないようで、見付けた玩具目がけて駆け寄っていく。


「おっとおっと、それ以上動くんじゃねえぞ。まだ何にも質問してねえし教えてもらってねえのに、逃げられちゃァ困る」


 そこら中に転がっている瓦礫やスクラップの破片など、視界にすら入っていない様子で蹴り飛ばし、一直線で向かってくるフレッドに、迷彩服の男は怯んで動きを止める。逃げることをやめた代わりに、フレッドへ先に問い掛ける。


「ア、アンプルが目当てか?それならくれてやるから、命だけは助けてくれ」

「素直でいい命乞いだがなァ、俺がそんなつまらねえもん目当てに動くように見えるか?」


 にたりと嫌味ったらしく笑って問い返す一方で、フレッドは地面に転がっている石ころを適当に拾い上げる。それを再び手の中に強く握り込むと、やはり手品のように石ころは重々しい手榴弾へとその姿を変えた。フレッドが手の中に現れたものを男の前でちらつかせると、相手は恐怖と共にひっと素直に息を飲む。


「名前も知らないお前さんよ、何か面白いことを言ってくれ」

「え?」

「俺に生きててよかった!って感じさせるような楽しみをくれってことだよォ!」


 突然の要求に男は困惑するが、ほんの僅かな間すら待ち切れない子どものようにフレッドは叫ぶ。手榴弾を握るその手の親指が、相手を脅すようにピンへと引っ掛けられる。


「分かった!言う!言うから待ってくれ!」


 爆発物を手にした相手をなんとか制しようと、無意味な片手を向けて後ずさりながらも男は慌てて頷く。そんな男の答えにひとまずは納得したらしく、フレッドは手榴弾のピンに指をかけたまま、相手が何を語るのか楽しみで仕方ないといった様子で標的を凝視する。


「あんたもきっと経験したと思うが、あの妙な耳鳴りがする少し前の話だが、今日あったばかりの話だ。まるで、これから起こることを全て知っているように動く男に会ったんだ」

「なに?」


 フレッドの興味が一気に男の話へと引かれる。身を乗り出したフレッドを見て、男はチャンスとばかりに、少し呼吸を落ち着かせてから先を続ける。


「俺はこれでも軍に数年いた。戦争の経験も何度かある……あったと思う。そんな俺の攻撃をものともせずに、逆に殺しもせずに、上手く急所を狙って気絶させていた」

「お前が間抜けなだけじゃねえのか?」


 フレッドは品定めするような視線を向ける。相手は筋骨隆々という言葉がよく似合う、大柄で浅黒い肌の男だ。嘘を吐いている様子はない。


「あの感触から言って、動きをすべて先読みされていたとしか思えない」


 男はゆっくりと首を横に振って、語り聞かせるようにそう答える。すると、フレッドの表情が見る見る内に歓喜に輝いたものになっていく。


「いいぞいいいぞなかなか面白え!楽しみになってきた!生きてるって感じだ!やっぱり楽しみがねえと生きてる感じもしねえもんだなァ!」


 はしゃぎながら輪に引っ掛けていた親指で弾き飛ばすようにピンを引き抜いてしまう。それを見た男が青くなるのにも構わず、タイムリミットの迫る手榴弾を簡単に放り捨ててしまえば、仲間の元へと駆け戻ってくる。


「おい!聞いたか!」


 激しい爆音と爆風を背後に、その勢いに負けない大声を張り上げて帰ってくる様子は、まさに新しい玩具を買ってもらった子どもであった。彼の背後では三体目のコフィンが出現することになるが、その場の誰もがそれらを振り返ることはない。


「何か見付けたようですね、フレッド」

「よく聞こえませんでしたわ。どんな楽しいことがありましたの?教えてくださいな」


 ドナテルロが爆風に燕尾服の裾と口髭を揺らしながら、嬉しそうにはしゃぐフレッドに声をかけると、早く知りたいと焦れたようにカリーナがその後に続ける。


「未来のことがなんでも分かっちまう先読み男がいるらしい!そんなびっくり人間、会ってみてえもんだなァ!」

「まあ、そんなまじない師のような方がいらっしゃるなんて。わたくしの未来も分かってしまうのかしら」


 冒険の末に勝ち取ってきた宝物をみせびらかすように、聞いた話を誇張して伝えるフレッド。その話を聞いて、無邪気に興味を持つカリーナの横で、ドナテルロは表情を変えないまま、しかし興味深そうに二、三度頷く。


「先読み男ねぇ……。本当にいるとしたら厄介な相手ね」


 最も幼いながらその場の誰よりも大人びた言動でフレッドを制していたヨミであったが、意外な程にそう呟く声は楽しげであった。それに気づいたフレッドが振り返って声をかける。


「意外と乗り気だなァ?ヨミ」


 何言ってるの、と口の端を歪めて、幼く愛らしい少女の顔には似合わないシニカルな笑みを浮かべた。


「ちょっとくらいスリルがなきゃ面白くないでしょ」

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