chapter.2

「……『扉』のある中央区域を探してる。でも、あたしも分からない」


 アルコが片手で前髪を掻き分けるようにして額の辺りに触れる。まるで今は取り出せない記憶に触れようと試みる仕草に見える。


「なんでこんなことしてるの?」


 戸惑いを隠しもせずに彼女も似たような問いを口にする。

何の疑問を抱くこともなく、自分たちは来る日も来る日も、拠点周辺の探索と先程のような戦闘を続けていた。このボックスヤードと呼ばれる世界の中央区域に存在するという『扉』を目指すためにだ。

 しかし、中央区域がどのあたりを指して呼ばれているのかも未だに分かっていない。自分たち以外の者と出会っても戦闘となるのみで、情報収集はおろか、ろくにコミュニケーションも取れないでいたのだ。そんな状況の中で探索と収穫のない戦闘に毎日を費やしていたために、現在地すら曖昧なのが現状だ。


 そもそも、これらのことを誰に教えられたのか。シンプルな疑問から芋ずる式に次々と疑問が湧いて出てくる。

 中央区域がどこにあるのか。『扉』は存在するのか。その向こう側には何があるのか。自分たちはなぜここがボックスヤードと呼ばれることを知っているのか。なぜ、こんなサバイバルゲームじみた争いの参加者となっているのか。

 これらについて考え、思い出そうとした途端、記憶に深い霧がかかったかのように何も分からなくなる。何も知らないのではなく、もっと多くを知っていた筈だ。失われたというよりは、封じられて取り出せなくなっているような感触の記憶。

 どうやら今自分たちが知っていること、そしてできることは、ひどく限られているようだ。


「考えても分からない仕方ないよな。とりあえず、一旦映画館に戻るか」

「……うん。カタルとジンリンも待ってるし」


 この世界で用意された仲間の名前を口にして、浮かない表情でアルコが頷けば、二人は並んで歩き出した。


 ヨウが提案した映画館とは、辛うじてスクリーンと座席が残っている映画館と思しき廃墟で、屋根が残っているからという理由で、仲間たちとひとまずの拠点としている場所だ。

ここから瓦礫の山を避けつつ一直線に、しばらく歩いて戻っていけば、すぐに見えてくるだろう。



「変だよなぁ、ついさっきまではこんな状況のくせに、気味悪いなんて全然感じてなかったのに。俺ら分からないことだらけだよな」


 横目に見たアルコの曇った表情を見て、特に理由という理由はなく、何かできることはないだろうかとヨウは考えた。結果、片手に持ったホッケースティックで肩を軽く叩きながら、軽い調子で思考したことをそのまま言葉にしてみた。


「ふふ、ほんとね。分からないことだらけ」


 軽い調子で言ってみたのがよかったのか、ヨウも同じ状態なのだということがより伝わったのか。不安げに曇っていたアルコの表情が緩んで、笑顔を見ることができた。ヨウは少しの達成感にも似た喜びを得ると共に、女の子は笑顔の方がいいものだ、とそこで初めて思った。



 それ以降、来た道を黙々と戻っていくだけの単純な旅を続ければ、程なくして目的地が見えてきた。外装が剥がれ、ひび割れた丸い屋根の建物が見えてくるが、二人の視線はそこへ向かう途中にある奇妙な数体のオブジェに向けられた。


「なんだあれ、出る時にはなかったと思うけど」

「うん、なんだろう……」


 黒色の立体が三体、無造作に地面から生えているように見える。適当に構えていたホッケースティックを前に構え、アルコを後ろへ庇うようにして先に踏み出し、警戒しながら近付いてみる。二人の足音が重なり、アルコも後ろをついてきていると背で感じながら更に歩み寄ってみると、それが人一人入れそうな程の大きさのカプセルだと分かる。


「うわ」

「えっ、なに」

「人だ……」


 オブジェのひとつを確かめるべく周囲を取り囲むように歩いてみると、今まで見えていたのは丁度裏側であったらしい。ガラス面になっている正面に回り込んだところで、真っ白な顔のくたびれた男が中で眠っていることが分かった。

 思わず声を上げたヨウに続いて、アルコも後ろからカプセルの中身を覗き込む。その腹に深々と突き刺さったナイフも含め、顔だけでなく髪、衣服も霜が降りたように白くなっている。


「凍ってるのか……?」


 再びヨウの隣に立ったアルコが手を伸ばし、そのガラス面に触れてみる。彼女の手には何の温度も伝わらなかったが、見たところ冷凍された状態にあるのは間違いないようだった。険しい表情で目を閉じている男はぴくりとも動かない。

 残り二体のオブジェも同様に中を調べてみると、やはり中には同年代くらいの男女が真っ白に凍った状態で一人ずつ納められていた。まるで冷凍保存のできるカプセル型の棺のようだ。


「こんなもの、誰がここに置いたんだ……?というか全員死んでる……よな」


 それまで感じたことのなかった筈の恐怖心が顔を見せ、腹の底からせり上がってくるようで、少しの吐き気を覚えた。

 唐突に起こったあの時の強烈な耳鳴り。それをきっかけに明らかに変わった自身の思考と感受性。それからそう経っていないというのに、この状況を不気味だと思ったり、アルコは笑顔が似合うと感じたり、不自然な死体に吐き気を覚えたり。自分の中で何かがめまぐるしく動き回り、変化し続けるようで、その先の見えなさにヨウはげんなりとした。


「死んでると思う。というか、みんな殺されてここに入ってる」


 首に絞められた痕の残る中年女性が眠るカプセルの前でアルコが答える。先程笑顔を見せてくれた前よりも表情はかたくなっており、すぐにヨウの隣まで駆け寄り戻って来ると、彼女は先を急かすように言葉を続けた。


「ヨウ、ここにいても何もわからないし、敵が襲ってくるかも。何がどうなってるか分からないけど、まずは他のみんなと早く合流しよう?」


 自分たちもこうなるかもしれないと、アルコの大きな瞳にも恐怖心の影を見た。断る理由もなく彼女の提案に頷き、手にしていた唯一の武器を収める。


「そうだな、情報の整理もしたい」


 げんなりしている場合ではない。なにせ自分自身に何が起こっているのか、周囲で何が起こっているのか、ここがどこなのかすらも分からないのだ。山積みとなった謎をひとつでも解き明かすために行動する他、今の自分に選択肢はないだろう。


 地面に突き刺さった黒い棺から距離を取り、二人は足早にユニットの仲間が待つ映画館の跡地へと向かっていく。地面を舐めるように砂埃が風に吹かれ、カプセルの不自然な真新しさを汚していった。

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