バンブーエルフとヌカハウスの賢者

お望月さん

第1話 墜落

 垂直に切り立った崖の側面にバンブー製の足場が連なっている。ザイルで一列に繋がりながら俺達はカニのように横歩きで歩みを進めていた。


 カツーン コツーン


 崖の上から小石が転がり落ちる音がして、俺たちは息をのむ。


 数秒後に小石が俺たちをかすめて崖下へ落下していった。ホッと息をついて。思わず崖上を見上げるが頂上は見えない。崖下は、高原性のガスに覆われてホワイトアウトしている。まごうことなき難所である。


 それでも、風の通り道になっているこのあたりは唯一の通行ルートなのだと案内人の山岳ドワーフが言っていた。


「月に一度、この足場を渡ってバンブーエルフが村に降りてきますだ。里はこの先にあるに違いないだす」


 俺たちは、バンブーエルフの里を訪ねるために七王国随一の高原地帯であるであるタマヒューン山までやってきた。高所への適性があり弓術に優れた部族バンブーエルフを味方に引き入れることは、七王ヤグナス配下の飛魔の群れに対抗する大きな力となるだろう。


 落石をやり過ごしたパーティは気を引き締めて歩みを進める。七王国の王子の一人である勇者グレイル。護衛の剣豪ガラハルドと魔術師ミリム。王国随一の戦士である三人と荷物持ちの俺、鑑定士エッセルの4人が山岳踏破を目指すパーティである。


「それにしても竹材だけでよくもこれほどの強固な足場を……」とガラハルドが口を開く。

「これもバンブーエルフの技術だ」グレイルが言葉を継ぐ。


 岸壁に対して垂直に突き刺さったバンブーは、どれだけ体重を掛けようと微塵の揺らぎもしない。俺はアイテム鑑定スキルで竹材をスキャンする。


【エルフバンブー:竹の軽さと鋼鉄の強度を兼ね備えた素材】


「鋼鉄レベル? よくこんなものを加工できるわね」


「強靭なバンブー素材を加工できるのはだけだ。この強度であれば、ヤグナスも簡単には破壊できない。天空城へ向かうためには彼らの作るバンブーラダーが必要になる」


「なるほど、しかしバンブーエルフが言うことを聞かなかった場合はどうするのだ?」


ガラハルドがグレイルに問う


「その場合は――皆殺しさ。竹魔法は殺してでも奪い取る」


「やるしかないわね」


「仕方なかろう」


「えっ」


 俺が驚きの声を上げようとしたその時、


 ガツーン ゴツーン


 再び頭上から物音が聞こえてきた。落石は小さなものでも注意しなければならない、なぜなら一度の落石がさらに大きな落石を呼び寄せることもあるのだ。俺たちは警戒を怠った。俺が山なら、そういうやつの頭に岩を落とす。


「危ないっ」


 俺はグレイルを突き飛ばし、彼の代わりにこぶし大の岩を背中の背嚢バックパックで受ける。衝撃で足場を踏み外すがピンと張りつめたザイルが墜落を防いだ。


 俺は崖にぶら下がりながらパーティを見上げ叫ぶ「助けてくれ」と。だが、そこにはグレイルの冷たい視線があった。


「荷物運び風情が、よくも俺を突き飛ばしてくれたな」


 グレイルは腰の刀を抜き放ち、ザイルを断ち切った。


「えっ」


 慌てて手を伸ばしても、もう遅い。

 泥めいて低下した体感速度と反比例するように落下速度が速まり視界がブラックアウトしていき、俺は失神した。


◆◆◆◆◆


 少女は驚異的な視力でエッセルが崖から垂直落下する様子を眺めていた。しなやかに伸びた姿勢は青竹の如し、落下位置に駆け寄る姿は破竹の勢い、腰まで伸びた黒髪を風になびかせながら呪文を唱える。


「若竹の如く伸び伸びと!」


 詠唱と同時に崖からバンブーが出現した。壁面に対して垂直に伸びた竹は、驚くべきしなやかさでエッセルの体を受け止める。


 地面に投げ出された人間ヒューマンを目にした少女は目を輝かせる。


「ヒューマンの男性!初めて見ましたわ!はやく連れていかないと!」


 少女は、エッセルを竹竿のように肩に担ぐと霞がかった竹林の深部へ運んで行った。

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