☆許しが未来の世を創造する

第1話 元ホストと元クラブママとの漫才コンビ

「皿うどんとチャンポン、あと鳥の唐揚げと餃子二人前ですね」

　流ちょうな日本語の中国人が、オーダーを取りにくる。

　ひんやりと冷房のきいた新規オープンの中華料理店　彩華で、月に一度おかんとの会食は、小さな親孝行みたいでやはり気持ちのいいものである。

「さあ、次は人気急上昇中のウォーターずに出演していただきましょう。どうぞ」

　レジの横に設置されたテレビからは、売り出し中の若手漫才師が華々しい衣装で画面に登場してきた。

　白いスーツに、金髪を逆立てた二十五歳くらいの若者が

「僕、元ナンバー１ホストの将太です」

　隣には、紺の和服に身を包んだちょっぴり色気のある垢ぬけた中年女性が

「私は、元銀座のクラブママの雅香です」

と紹介し、二人声を揃えて

「二人、あわせてウォーターずです。ほら、二人共、元おミズでしょ」

　観客は、もの珍しそうに舞台に釘付けになっている。

　特に、未成年らしき子は、物珍しさからだろうか、まじまじと穴があくほどにこの

二人を見つめている。

　水商売という非日常空間が珍しいし、好奇心一杯なのだろう。

　そして自分も水商売で成功したいなんて、野望を抱く客もいることだろう。

「私が将太君と、初めて知り合ったのは、私がおミズの世界に入る前、アパレル企業勤務していた頃、私が社内初の女性課長に任命された頃だったわね」

「俺はその頃、右も左もわからない、ぺエペエの新入社員、そんなこれをこっぴどく逆セクハラをしたのが、この雅香ママだったな。俺、毎日トイレで泣いてたよ」

「そうそう、私は上司からノルマを課せられ、その腹いせに部下の将太に夜ごと、シャンパンを飲ませ・・・

　ちょっとちょっと、企業時代とホスト時代とを混合しないでよ」

　ここで笑いが起こった。

　話の内容よりも、親子ほど年の離れたこの二人のやりとりに、おかんと息子のような、ほのぼのとした親子愛が感じられる。

　芸能界はまず、個性がないと売れないというが、この二人は、今までに類をみないニューコンビだ。私も、個性を出していかなきゃダメだな。

　そんなことを考えながら、私は憧れの視線でウォーターずの漫才に釘付けになっていた。こんど、舞台で爆笑とるのは、この私だぞと誓いながら。

　私、河合　笑香（かわい　えみか）高校を卒業したばかりの十九歳。

　グラビアアイドルみたいな名前だが、夢は大きく、女性漫才師。しかし、肝心の相方がまだ見つかっていない。

　しかし、一度でいいから、テレビ出演したいなどという、若者が誰しも抱く夢を見ながら、決して裕福とはいえない、質素な生活に耐えている。

　私のおかんは、おとんが家をでてからうつ病気味。

　おとんが家を出た理由、それは不倫の末、相手の女に騙されて連帯保証人の実印を押印したのが原因で、自営業を手放した挙句行方不明。私が中学三年のときの話だ。

　それまで私は、私立中学に通っていたのだが、地元の公立中学に転校し、おかんは、おとんのスナック商売の後継ぎをするようになった。

　しかし、この不況の折で、スナックよりもカラオケ居酒屋に転向したのだったが、そう簡単に儲かるはずはない。今までの常連客は、不況の折でリストラになったりしているので、客足は減る一方だ。

　このままどうやって生きていったらいいんだろう？　一抹の不安を抱えているのは、私たち家族だけではない筈だ。

　グレーの雨雲がかかったように憂鬱で不安定な精神状態のなか、深夜の素人参加番組を見てると、中学のときのクラスメートがなんと、人気お笑いタレントと共演しタレント顔負けのトークをして、爆笑をとっているのである。

　全然、目立たない地味だった子、成績の中くらいで、無口だった子が、素人参加番組とはいえ、なんと二万倍の競争率をかいくぐって出演し、相手のお笑いタレントもたじたじの突飛で面白いトークを展開している。

　決めた、私が進むのはこの道しかないと思い込むことが、日常生活を忘れさせてくれる唯一の救いだった。

「ねえ、笑香。料理の品数を増やしたら、それに比例してお客さんも増えるかな？

　この前いった中華料理店　彩華の炒め物、どんなスパイス使っているのかな？

　ああいうのを真似してみようかと思うの」

　おかんが、前月の売上を悲観して私に提案してきた。こういうときは、おかんを納得させる答えを用意しなきゃならない。

「急に料理の品数を増やしても、売れ残ったら赤字になるだけよ。それより、味付けを工夫した方が手っ取り早いよ。たとえば、土生姜や黒こしょうを効かせるとか、つけあわせに山椒の煮物をいれるとか」

「笑香、それもそうだね。もう一度、彩華に行って味付けの研究をしてくれないかな？」

　私は、バイトの帰り、彩華に寄ることに決めた。

　バイトは、おかんには内緒にしているが、メイド喫茶だ。

　ただ、メイドの衣装を着て注文を取るだけ。まあ、ここまでは、普通のカフェとかわりはないのだが「ご主人様、お呼び頂いてありがとうございます」だの「ご主人っ様、お気をつけてお帰りなさいませ」が最初は言いにくくて困ったものだ。

　しかし時給は、普通のカフェの1.5倍の高給である。