第3話:無知は罪
夏休みに入ったある日のこと。タケとウメと一緒にゲーセンに来ていた。二人とは同じ大学に進学したため、高校を卒業しても会う頻度は今までとさほど変わらなかった。
「ウケる」
「ウケねぇよ……マジで……妹と女の好みが同じとか知りたくなかったっつーの。つかタケ、お前も海菜さんの彼女に惚れてんだろ」
「……いや、惚れてない」
「間があったぞ」
「うるせぇな。ちょっと良いなって思っただけだわ」
「惚れてんじゃん」
「俺はお前と違って手出そうとか思ってないから」
「俺も別に手出す気はないっつーの!」
「マツの好きなタイプって、あざとい系だっけ」
「あざといっつーか……ゆるい感じの子」
「あの子みたいな?」
ウメが指さした先に居たのは、真剣な顔でUFOキャッチャーをする女の子。狙っていたぬいぐるみザクッと爪が刺さるとハッと可愛い目を丸くして、ごめんと言わんばかりにあたふたした。UFOはそんな彼女を気にも留めずに定位置に返っていく。
呆然としてから、ハッとしたように財布を見て、しょぼんと項垂れる。そして両替機を見て、また財布を見て、駄目だ駄目だと首を横に振る。喋らなくても声が聞こえてきそうなほどオーバーなリアクションが可愛い。間違いない。あれは未来さんだ。
「……妹の彼女ですね」
「ふーん。あざと」
「あぁ!?あのオーバーなリアクション可愛いだろうが!しかもウケ狙いじゃなくて天然もんだからな!あれ!」
「お、おう。分かった分かった」
しばらくして、彼女は諦めがついたのか、台を離れようとした。
「お前、UFOキャッチャー得意だろ?取ってやったら?」
そうニヤニヤしながら提案してきたのはタケだった。ウメも「それくらいなら妹も怒らんだろ」と言って俺の背中を押した。
「お前らなぁ……!」
と言いつつも、悲しそうな背中を見てしまうと、つい声をかけてしまった。声に反応して振り返った彼女はぼそほそと何かを言って頭を下げた。周りの音で全く聞こえないが多分「こんにちは」だと思う。
「ゲーセンとか来るタイプなんだ。意外」
おどおどしながら、彼女はUFOキャッチャーの台の中にある犬のぬいぐるみを指さした。意外と大きい。
「ん?……ぬいぐるみ?」
何か言っているが、やはり聞こえない。が、見ていたから欲しいのだということはわかる。
「ほしいの?」
問うと、彼女はこくこくと大きく頷いた。
ムカつくくらい可愛い。ほんと、なんで妹の恋人なのだろう。
改めて台に向き直り、何処を狙うか考える。タグの隙間?いや、首輪の隙間の方が入れやすそうだ。
100円を入れてUFOを操作する。横から見ながら微調整し、ぬいぐるみの真上ではなく少しずらして止める。どこを狙っているの?と言わんばかりに首を捻る彼女が台のガラスに写る。UFOの爪が、俺の狙い通りぬいぐるみの首輪の隙間にハマると、彼女は目をパチクリとさせた。UFOはそのままぬいぐるみを引っ掛けて取り出し口へ行き、落とした。驚き顔のまま、彼女はぱちぱちと拍手をする。
「はい。どうぞ」
ぬいぐるみを渡す。ぺこぺこと頭を下げて、財布を取り出した。
「いや、金はいいよ。あんたもう小銭無いでしょ」
断ると、彼女は素直に財布をしまって、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、女神のような微笑みを浮かべてペコリと頭を下げた。
「お、おう。……じゃ、じゃあな」
手を振り、仲間の元に戻る。彼女はバイバイと犬のぬいぐるみの手をふりふりと振りながら、ゲーセンを出て行った。
「……な?めちゃくちゃ可愛くね?」
「……あれはずるいわ」
タケは同意してくれたが、ウメは苦笑いだ。
「タケもウメもあざとい女に弱いんだなぁ」
「可愛いだろ!?」
「……いや、別に」
「じゃあどういう女がタイプなんだよ」
「……強い人……かな」
「……頼めば抱いてもらえるんじゃね」
「ばっ……ちげぇよ!姐さんのことじゃねぇよ」
「誰も姐さんのことだって言ってないだろ」
「うっ……」
墓穴を掘ったウメ。姐さんは相変わらず、恋というものがわからないらしい。少し前に、白いワンピースを着た上品そうな女の子とデートをしていたが、あれはそういうのじゃないと語っていた。
「お互いに不毛な恋してんなぁ」
「ちげぇつってんだろ……」
「顔真っ赤ですけど」
「くそっ……絶対言うなよ」
「言わんよ」
同性愛者の女の恋人に恋をした俺とタケ、恋をしない女に恋をしたウメ。「不毛な恋してんなぁ俺ら」と、ウメが苦笑いしながら呟いた。
誰からともなく、喫煙所に移動してタバコを吹かす。
「ノンケに恋する同性愛者ってこんな気持ちなのかな」
「……散々馬鹿にしたから、天罰が下ったのかもな」
タバコの煙と共に吐き出すと、二人は黙ってしまった。きっと二人も俺と同じように反省しているのだろう。ウメに至っては、友人を傷つけたと言っていた。俺は妹を傷つけていた。知らず知らずのうちに。許してもらえたって、罪悪感は、このタバコの煙のように簡単には消えてはくれない。
「……俺さ、たまに思うんだよな。何も知らないままの方が幸せだったんじゃないかって」
タケが呟く。妹のことを知ってから、俺はずっと罪悪感を抱えている。知らなければ、抱えることはなかった。だから、タケの言うことは一理あるかもしれない。けれど
「俺は知れて良かったよ。あのままだったらきっと、俺は今以上に妹を傷つけていた」
遅かれ早かれ、妹が同性愛者であることは知ることになっていただろう。妹のカミングアウトと、海菜さん達との出会いが逆だったらきっと、今以上に重い罪悪感を抱えていただろう。どちらにせよ俺は、この罪からは逃げられやしない。
あの頃の罪を抱えながら一生生きるしかないのだろう。
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